ヤクザな男の恋物語 1




 それは、ある金曜の夜のことだった。

 自分管轄の店を回って客の入りを確認しながら街を徘徊していた俺の目に、それは飛び込んできた。

 場所は神奈川の真ん中、海に程近い工業の街、平塚。駅前はちょっと路地に入ればピンク系の店がひしめく、一大歓楽街だ。

 このあたりが、うちの組のシマだった。最近では、川向こうの茅ヶ崎にも手を広げているが、地元を締めるのも俺の仕事のうち。

 俺の今の地位は、舎弟頭といったところか。組長に従って会合などに出ることもあれば、こうして街の見回りに出ることもある、締め役である。俺の上には、各派の組頭、若頭と組長しかいないのだから、血族以外では頂点に上り詰めていると言って良い。俺の年齢では、その出世スピードは、異例の速さだ。

 目に飛び込んできたそれとは、裏路地のビルの狭間、ちょっとした空き地に、ビルの壁に何かを追い詰める形でタムロする、チンピラどもだった。

 まだ、とりあえず囲んだばかりだったらしい。だが、こんな目立つところでおおっぴらに、何をやってるんだか。私刑は隠れてやれと、あれだけ言い聞かせているのに。頭の悪い連中だ。いや、うちの組の奴らでないなら話は別だが。

「おい。何やってる」

 困ったことに、俺の声は元が高いせいか、あまりドスが利かない。組長には、威厳が保てない、と困った顔をされるが、出来ないのは仕方がないのだ。今では、もう諦めて、脅す方法を変えている。優しい声色で真綿のようにじわりじわりと恐怖を植えつける手だ。まぁ、その分、日本語の能力が必要なのだが、その辺は俺の基礎能力で十分に補えていた。

 案の定、そんな声のかけ方では、その辺の正義感に満ち溢れたサラリーマンと変わる所はなく、外側を固めていた奴らが振り向きながらガンを飛ばしてきた。

 連中の顔を観察して、俺は少し眉をひそめる。見ない顔だ。うちの組の連中じゃないのか、一応カタギに入るヤンチャどもなのか。竜水会の連中なら、シマ荒らしとしてとっ捕まえることも出来るが、果たしてどちらだろう。

「ぁんだ、こらぁ」

「オヤジはすっこんでろ」

 なるほど、後者だ。一応、スーツに自分の組の幹部バッチをつけている俺だ。うちの下っ端やら、他の組の人間なら、すぐに血相を変える。この俺に喧嘩を吹っかけようとするのは、恐いもの知らずのガキどもくらいだろう。

 後ろの奴らが声を上げたことで、促されたらしい。全員の視線が俺に集まった。おかげで、囲まれていた被害者がこちらからも見えるようになる。

 その、恐怖で震えた顔を見て、俺は片眉を上げた。

 こりゃ、上玉だ。

 男だとは見てわかる。だが、整った目元口元は色気を含み、さらさらのストレートは今時珍しいつやつやの黒髪で、薄暗い街頭を反射して天子の輪が出来ている。格好から、いいとこのボンらしいことも見て取れた。

 これなら、少し無茶をしても、助けてやって損はない。

「口の利き方に気をつけるんだな。この界隈で遊びたきゃ、俺の顔くらいは覚えておくことだ」

「んだとぉ。舐めた口利くじゃねぇか」

 いや、舐めた口はお前らだと思うが。

 喧嘩っ早い年でもないし、そんな身分でもない俺だ。少しはカチンとくるものの、耐えられないものでもなく、胸中でそんな突込みを入れていた。

「お、おい。やめろ、お前ら。あれ、若松組の幹部バッチだ」

「え、おい、嘘だろ」

 目ざとい誰かが、俺の襟元を指差して、恐怖に震えた声を上げる。途端、その恐怖が全員に伝播した。大慌てで、蜘蛛の子を散らしたように逃げ出していく。

 まったく、今時のガキは礼儀がなってない。

 急に開放されたことに驚いたのか、その美人の男は、腰の力が抜けたらしく、へなへなとそこに座り込んだ。近寄って行って、彼の目の前にしゃがみ、声をかけてみる。

「おい。大丈夫か?」

 ぺったりと尻餅をついて、彼は声をかけた俺を見上げた。

 近くから見ると、その肌も何ともキメ細やかな、手触りの良さそうな肌をしているのがわかった。本当に、上玉だ。これを私刑にかけようとしていたのだから、彼らの美意識は間違っている。愛でるべき代物だろ、これは。

 声をかけた俺に、彼はこくりと頷いた。まだ年若い、一見すると少年にも見える男だ。年のころは、やっと二十歳を超えたくらいだろう。

「……あの。ありがとうございました」

「何、お安い御用よ。んで? 何で絡まれてたんだ?」

「あ、肩、ぶつかってしまって」

 なるほど、よくある手だ。まったく、今時うちの組のチンピラでさえ使わない手だぞ。本当にガキだな、あいつら。

「気にすんな。あんた、可愛いから目立つんだろ。わざとぶつかってきたんだよ。相手にしないで逃げるか、大声出して助けを呼んだほうがいいぜ。大人しくしてるとマワされる」

「……はい」

 ホント、大人しいヤツ。まぁ、あのガキどもが大慌てで逃げていくのを見ているんだから、恐がられるのも当然か。

「じゃあな。気ぃつけて帰れよ」

 ぽん、と膝に手をついて、立ち上がり、ひらひらと手を振った。助けた時は、見返りも考えたが、あんまり可愛くて逆に食指が伸びなかった。なんていうか、食うのがもったいない。

 俺の趣味は、知り合いに言わせると、驚くほどストライクゾーンが広いらしい。男でも女でも、可愛ければオッケーだ。女の子なら、痩せていようが太っていようがかまわない。面食い、なだけで、他は気にしない性質だった。

 この彼は、その中でもクリーンヒットに近い。それなのに、俺の息子はさっぱり反応しなかったのだ。彼の高潔さのせいかもしれない。

 しかし、立ち去ろうとしていた俺に、彼は追いすがるように声をかけてきた。

「あのっ」

「……ん?」

「……あの。お礼、させてください」

「礼?」

「助けていただいたお礼。何でもしますから」

 何でもします、って、それは俺みたいなヤクザ者に言って良い言葉じゃないぞ。最悪、骨の髄までしゃぶられる。

「良いよ、別に。見返りを期待したわけじゃねぇから」

 うーん、俺って嘘つき。助けた時は下心いっぱいだったくせに、これだよ。まぁ、今は本当に見返りなんか気にしていないわけだが。

「でも、それじゃ、申し訳ないし」

 へぇ。見た目どおり、なかなか律儀だ。どうしようかな。

「じゃあ、1回抱かせろよ。それでチャラだ」

「抱かせる……?」

「そう。セックス」

 どうやら、わからなかったらしい。迫られたこともないのだろうか。不思議そうに聞き返してくるので、はっきり返してやった。途端に、彼の顔が真っ赤に染まる。それは、見ているこっちまで赤面しそうな、初心な反応だった。

「ボク……男ですよ?」

「見りゃ、わかるよ。何? したことねぇの?」

 こくん。まぁ、その頷き方まで可愛いこと。俺を煽ってるとしか思えないね。だが、本人には自覚がないのだろうけど。

「してみるか? どうせ、遅かれ早かれ経験するだろ、あんたなら。俺がはじめての男でも良ければな」

 この純真さは、ちょっと危険だ。今までよく無事に生きてきた、と感心するくらい。どうせ、そのうち無理やり犯される状況に追い込まれるなら、俺に優しくバックバージンを奪われておいた方が、彼の身のためかもしれない。他人事ながら、心配だ。

 しばらく考え込んでいた彼だったが、やがて、小さく頷いた。

「優しくしてくれますか?」

「初めてなんだろ? ついでだから、手ほどきしてやるよ」

 来な。そう声をかけて、手を差し出す。まだ座ったままだった彼は、その手を取って、立ち上がった。





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