ヤクザな男の恋人 1
それは、ある日曜日の夕暮れ時だったと思う。
俺は、彼氏と一緒にいた。
えっと、彼氏、って呼んで良いんだと思うんだけど。ダメなら保護者でも良いや。似たようなもんだし。
実家は、彼氏とは敵対する組の組長一家で、俺はその跡取り息子。大学を卒業したらそのまま若頭に昇進して、一生を組の繁栄のために捧げて終えるはずだった身分だ。
ちなみに、その組は今はない。
この神奈川県西湘地区を二分していた片割れ、竜水会なるところが、俺が生まれ育った家の依り代の名前で、俺を長年押しつぶしてきた正体だ。
まったくね。大体、神様のいたずらとしか思えない優秀な脳細胞を田舎ヤクザの存続のためだけに使うなんて、バカバカしくてやってらんないよ、って感じだよ。
どちらかというと、自分が背負って立つくらいなら、誰かに背負わせて裏で糸引きするタイプだしね、俺。
とにかく、実家をぶっ潰してやって、父親を牢屋にぶち込んでやって、ようやっと清々した俺を拾ってくれたのが、この彼氏だ。
名前は、結城孝臣。身分は、若松組の舎弟頭。
竜水会のなくなった今、西湘地区を牛耳ったヤクザの組の、チンピラから伸し上がった場合における、天辺にいる人。後は、暖簾分け(?)してもらって自分の組を立てる方向に行くしか道が無くなった人。
実際、竜水会を潰そうと思ったときに、この人にめぐり合っていなかったら、俺は今頃どうなっていたことか。
だってね、田舎ヤクザだといったってそこそこは力のある組だった実家を、ベタンと完膚なきまでに叩き壊した人間ですよ、俺。当然、生き残った奴らからの逆恨みやらお礼参りやらは、覚悟の上だった。
だからこその、俺のガーディアンに選んだのが、彼。本人にちゃんと説明して、受け入れてもらったんだから、一方的に利用したわけではないんだけど、助けてもらったのには違いなく、今でも頭が上がらない。
それ以前に、俺のことをとっても愛してくれる人で、俺自身もめちゃくちゃ甘えたくなる人だ。
ちなみに、その事件を起こしたのはまだ1ヶ月前。街には竜水会の残党がうようよしていて、俺の首を虎視眈々と狙っている。
こんな生まれだからね。人の視線には敏感なんだ。好奇の目も、羨望の眼差しも、殺気も、侮蔑も、意味ありげな視線ならなんだって感じ分けられる。
今だって、こうして背後に感じるのは、明らかな殺気だ。
でもさ。孝臣さんにまで気がつかれる殺気じゃ、身を隠しても無駄だと思うわけよね。
俺、これでいて、素手の武術なら一通り習得済みなんだし。敵うわけないんだから。
「美岐。気づいてるか?」
相変わらず、問いかけてくる孝臣さんの声は優しい。大人の男の色香をふんだんに含んだ低い声色は、俺の腰を簡単に砕いてくれる。
視線に気づいて気にかけてくれているのがわかるから、俺はくすりと笑った。
「うん」
「良いのか?」
「気にしない、気にしない」
いちいち相手にしてたらキリがないし。そんな風に狙ってくる相手は一人二人の数じゃないんだから。
俺が軽く笑い飛ばすから、孝臣さんもそれで了解してくれて、俺の腰に手を回した。
いやん。えっち。
なんて、頭の中ではぶりっ子全開。口に出しては言わないけどね。
地がオカマっぽいのは自覚してるんだ。男の癖に甘えた言葉を使う、って親父には何度も怒られていた。
だからって、何も俺を娼婦として使おうとする必要はない気がしなくもない。間一髪、間に合ってよかった。
一応俺だって男だから、惚れた男以外に自分を任せる気はないんだ。いくら組のためだってね。サラリーマンの皆さんだって、会社の存続のために裏取引して見返りに自分のバージンを差し出せ、なんて、承服できないでしょ?
「無視できない感じだがな、あの目は」
「目が合ったの?」
「いや、視線でなんとなく」
なんて言えるくらいには、孝臣さんも意外に鋭い。カタギの生まれなはずなんだけどね。若いころからこの道しか進めなくて進んできた人だから、当然なのかも。
そんなことより、たしかに孝臣さんが気にするのも頷けるほどに、殺気がきつくなった。
気がついてから、すでに200メートルは歩いてる。
「孝臣さん、こっち」
本当は、お夕飯を食べに出てきたんだけど。ちょっと寄り道する必要があるかもしれない。
道を外れていく俺に、それだけで了解してくれたらしくて、孝臣さん自身が人気のない方へ足を進めていった。
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