6



side:太陽


 井上探しに小石と遠野を送り出して、俺は芝田っち、いや芝田先生に呼び止められて、真面目な顔を向けた。

 多分、小石のこと。俺が小石に本気なことは、芝田先生も加賀見を通して知っていて、同性愛の先輩として気にしてくれてるんだ。素直に、ありがたいと思う。

 俺たちのグループは、安全パイの遠野を除いて三人とも、一度は小石に惚れた経験を持つ。

 加賀見は、芝田先生と恋人になる前もなった後も、ずっと小石を気にしている。本人が同性にしか興味がない性癖を持っているから、他人にも気遣う気持ちが自然と育まれていて、心に爆弾を持っていそうな小石が気になっているらしい。

 そうはいっても、加賀見は芝田先生と付き合っているわけで、小石にも抱かれたいのかと聞いてみたところ、俺はタチもネコもイケる、との答えが返ってきた。うーん、やっぱり小石って抱きたいタイプらしい。

 井上も、小石に惚れている人の一人だ。芸術家肌の彼は、小石の表情の奥深さに興味を持ち、いつの間にかハマったらしい。

 といっても、元が芸術のモデルとしての目だったせいか、俺が本気であることを知るや、身を引いてくれた。ただ、美大入試の課題作のモデルに、とは未だに狙っている。

 なんでも、小石を見ていると、興福寺の阿修羅像を思い浮かべるのだという。仏像は俺にはよくわからない。

 小石が遠野と連れ立って行ってしまう後姿を見送って、俺は芝田先生に向き直る。

「なんですか?」

「あぁ。……余計なことかもしれないがな。弓弦が気にするから、俺も気になって、少し小石のことを調べてみた」

「……学校の先生って便利な肩書きですね」

「こういう場合は、な。……園江、お前が小石を受け止めることが出来るのか、俺は心配になったよ」

 え?

 その理由にわけがわからず、俺は聞き返した。芝田先生は、ため息と共に首を振る。

 隣にいる加賀見もそれは聞いていなかったらしくて、俺と同じように不思議そうな顔をした。

「どうして?」

「……小石に水恐怖症があるのは知っているだろう?」

 あまり言いたくなさそうに、だが言っておかなければならないという義務感で、芝田先生は重い口を開いた。




 話は、こうだ。

 芝田先生は、小石の過去を知るために、中学校、かかりつけの精神科、昔通っていたというスイミングスクール、それに両親の離婚調停を請け負った家庭裁判所と弁護士に、会ってきたそうだ。そんなにたくさん調べまわってくれたのは、俺や加賀見のためだけではなく、本人が調べるにつけ小石に興味を持ったからなのだろう。

 その結果、小石の過去が大体明らかになった。

 海に溺れたという五歳以前と、海に溺れてからもリハビリのために数ヶ月、小石はスイミングスクールに通っていた。最初は将来が期待できる泳ぎのできる子供だったらしい。しかし、溺れて水恐怖症になってからは、プールサイドに立つことなど、はっきり無茶だったという。

 その後、結局水恐怖症は回復の兆しすら見せず、顔を水につけることはまず不可能で、身体もシャワーが限度。料理も拭き掃除もまるでダメで、小中学生の頃はそのせいでクラスメイトにハブられた経験を持っていた。

 次第に周囲も大人になり、心の病気だとわかってもらえるようになってからは、イジメこそなくなったらしいが、それまでの精神的ダメージは彼を遠慮深い人間にするには十分な時間と効力を挙げていた。

 そしてさらに、中学三年生の水かぶり事件だ。

 あれがきっかけになったのか、その頃から小石にはもう一つの精神ダメージの症状が現れ始めた、と精神科の医師は言った。いや、直接の原因はそれではないのだ。なにしろ、年上の男が怖い、という症状だったのである。

 話を聞いたり、催眠によってさかのぼって原因を解明するうちに、彼は年上の男から性的虐待を受けていることが判明した。その虐待を受けるに至った原因もまた、何の関わりがあるのか、水恐怖症がらみだと本人は言うらしい。相手こそ未だにわからないものの、身内ではないかと精神科の医師は言ったのだそうだ。

 それは、両親の離婚と共に徐々に回復して行った。ただ、月一度の父親と兄の家への訪問日に、かなり症状を悪化させるから、状況は一進一退なのだが。

「それって、どっちかが小石に乱暴してるってことか?」

「だろうな。だから、反対に俺は心配している。俺と弓弦の関係を知って、男同士でも暴力以外のつながりがありえると知った小石が、それを自分の身に起こりうることとして消化しきれるのか。お前たちの気持ちを受け止めて、考えることが出来るのか、わからないからな。彼にとっては、男はそういう暴力を働く生き物と認識されているんだ」

 酷い、と呟いて、加賀見は自分のことのように痛そうに眉を寄せた。

 その加賀見を、芝田先生は優しく抱きしめた。俺も、芝田先生にしっかりと肩を掴まれた。勇気付けるように。

 それがもし本当なら。俺は彼に、のん気に告白なんてしても良いものなんだろうか。

 自分のためではなく、小石のために、俺は不安になってしまった。

「俺、今日、小石に告ろうと思ってたんだけど……。やめたほうが良いかな?」

「まぁ、勧めはしないがな。お前がどう判断するか、だ。止めはしないよ。ただ、彼の全てを受け止める覚悟が出来ないなら、やめておけ」

 俺に、覚悟しろ、というのが、芝田先生が俺を呼び止めた理由だったわけだ。

 隣で聞いていて、加賀見は加賀見で真剣にそれを受け止めたらしく、真面目な顔をして恋人を見やっていた。

「芝田っち、小石のこと、助けられる?」

「……正直に答えて良いか?」

「難しいんだ?」

「担任でもない教師の分際では、な。俺に出来るのは、児童相談所に虐待の垂れ込みをする位が関の山だ」

「役に立たないなぁ」

「ここまで調べ上げただけでも役に立ってるだろ? 俺だって、無力な自分が腹立たしいさ」

 それは、多分本当なんだと思う。声も表情も、実に悔しそうだった。そんな彼氏に、責めることも当然出来なくて、加賀見も深いため息をついた。

「俺たちは、何がしてやれるだろう……」

 恋人の胸に頭を預けて、加賀見がそう呟く。

 それは、俺自身にも自問するべきことだった。何がしてやれるのか。無力な高校生の立場で。でも、あいつには多分一番近い位置にいて。

 せめて、心の支えになってやりたい。小石を苦しめているものに、立ち向かえるように。

 それには、どこまで首を突っ込んで良いのか、見定める必要があるんだろう。

 俺と加賀見が真剣に悩んでいるのを、芝田先生は何とも複雑な表情で見守っていた。なんていうか、嬉しそう?でもないし、困った?でもないし。それから、自分の恋人の若干低い頭に手を乗せた。

「頼むから、俺一人にしてくれよ、弓弦。小石が恋敵ってのは、嫌だからな」

「うーん。そうだねぇ」

「約束してくれって」

 何とも情けない声で訴えるのに、俺は思わず笑ってしまった。加賀見もぷっと吹き出している。

「やだなぁ、芝田っちってば。大丈夫だって、彼氏は芝田っちだけだから。小石は気になる友達」

 そうなんだ。加賀見は、俺の恋敵じゃない。芝田先生っていう恋人が出来てから、小石に対する気持ちがはっきりしたと宣言していたそれは、本当に気になるクラスメイトだった。だから、落とすなら協力するって、心強いお言葉をもらっていて、実は一番頼りになる相談相手。

 だから、俺たちは小石のガーディアンとして共同戦線を張っているし、それぞれに小石には強い想いがあって、それらはすべて共存可能だったりする。

「お、戻ってきたな」

 考え込んでいる俺の耳元で、芝田先生がそう言って、俺たちから手を離した。

「園江。よく考えろよ。たぶん、お前らの中じゃ、お前がキーパーソンだ」

「……うん」

 まだ結論は出ていないけれど、考える必要は再認識して、俺は頷いて返す。それを満足そうに受け取って、芝田先生は別の先生の方へ行ってしまった。




 一学年全員が集まっての、散会の号令がかかって、俺は帰ろうとしていた小石を捕まえた。

 遠野は恋人と帰っていき、加賀見は芝田先生のもとへ行ってしまい、井上はまだ寺院めぐりをして行くと言って長谷観音へ上って行ってしまった。

 ちなみに、全員に別れがけに頑張れと肩を叩かれたのにはまいった。つまり、全員が、俺がこの後小石を誘ってどこかに行って、告白タイムを設けることを期待しているわけだ。

 まったくね、他人事だと思って。

「今日、この後予定あるか?」

「あ……」

 あ?

 ってことは、言い出しにくい予定があるわけか?

「良かったら、江ノ島によって帰らない?」

 言い出しにくい予定なら、無理に誘ってしまう手もあるのさ。急いでいないなら、もう少しだけ付き合って欲しい、って意思表示になる。どうしたい、がはっきりすれば、判断材料も増えるし。

 案の定、困っていた小石だったが、小さくこくりと頷いた。

「江ノ島、行くから。そこまでなら、大丈夫」

「待ち合わせ?」

「うん。……兄さんと」

 それって……。

 思わず絶句してしまった。だって、それって、こいつを苦しめているかもしれない相手の片割れだ。その相手と、社会見学後に少し離れたその場所で待ち合わせだなんて。

 それも、兄弟に会うなんてそんな言いにくいことではないのに、戸惑ったのだから、それって、嫌がっているのではないのだろうか。

 ということは、と、俺の頭は悪いなりの結論を導き出す。

 この機会に、相手の先手を打ってやるのも悪くない、と。





[ 6/27 ]

[*prev] [next#]

[mokuji]

[しおりを挟む]


戻る



Copyright(C) 2004-2017 KYMDREAM All Rights Reserved
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -