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side:月
目の前でじゃれる恋人たちを見て、僕は少し恥ずかしくなって俯いてしまった。
さっきから加賀見が惚気てたから、きっといい関係なんだろうとは推測できていたけれど。目の前で見せられると、当てられてしまうみたい。
顔を真っ赤にして俯く僕に、園江は心配してくれて顔を覗き込んできた。
「男同士ってダメ?」
「……うぅん。ただ、何か恥ずかしい」
目の前で幸せそうにイチャイチャされたら、ダメとは言えないでしょう。と思う。だから、否定して返す。
確かになぁ、と答えて、園江は苦笑いをした。
「幸せなのはわかるけど、あれじゃただのバカップルだよな」
「バカップル?」
って何?
最近の言葉はよくわからなくて、聞き返す。したら、園江はびっくりした顔をした。びっくりされるほど常識的な言葉らしい。
「知らないの?」
「……うん」
申し訳なく頷いたら、またもや園江はふぅんと相槌を返した。つまり、気にしたわけではないということみたい。
「バカップルってのはね、あれみたいに、周りも見ないでバカみたいにイチャイチャするカップルのこと」
「誰がバカップルだよ」
さっきから連呼しているのが聞こえたみたいで、加賀見がすかさず突っ込んできた。何とも言えずに芝田先生は苦笑を浮かべている。自覚はあるらしい。
それから、芝田先生はぽんと手を叩いた。
「さ、そろそろ集合の時間だ。お前ら、井上探してきな」
みれば、すでに時刻は三時半を回っていた。集合には少し早いけれど、確かにどこにいるかわからない人を探すなら良い時刻だ。
僕は、最終的には遠野と二人で井上を探しに出かけた。行きがけに、園江と加賀見だけ、芝田先生に呼び止められたからだ。遠野が行こうと促してくれなかったら、僕もその場に留まっていたと思う。
遠野は、井上の居場所がわかっているらしく、のんびりと本殿に向かって歩く。僕も、彼に歩調を合わせた。
やがて、遠野から僕に話しかけてくる。
「なぁ、小石。お前、園江のこと、どう思う?」
「……どうって?」
何か、不思議な問いかけ。どうして園江限定?
「いや、ほら、仲の良い友達とか、気の合う仲間とか、いろいろあるじゃん」
「遠野はどう思ってるの?」
困ったように説明する遠野に、ますますわからなくて、というか、無難な答えがわからなくて、問い返してみる。すると、俺か?と聞き返して、あっさりと即答してきた。
「あいつは、気の合う仲間の一人。加賀見も井上も。小石は、まだよくわからないけど。五人でいると楽しいから、離れたいとは思わないな」
「僕も一緒でいいの?」
「何言ってんだよ。遠慮すんなって。俺たちといて、楽しいだろ? それで良いじゃん」
遠慮する僕に、あははっと笑って返されてしまった。彼にとっては、僕も仲間の一員らしい。
何か、嬉しい。
「で?」
「うーん。なんだろう……。仲の良い友達だとは思うけど……」
何だか、しっくりこない。なんて表現すればいいのかな?
「変な言い方だけど。面倒見の良いクラスメイト? いつも僕なんか誘ってくれて、ありがたいと思ってる」
失礼な言い方だったかもしれない。仲間だと思ってくれてる相手に対して、ただのクラスメイト、みたいな言い方で。
ところが、遠野はそう説明した僕の言葉に、一瞬びっくりして目を丸め、それからぷっと吹き出した。
「え? 何?」
「いやぁ、園江と加賀見、よく見てんなぁと思ってさ。今小石が答えたこととほとんど同じことを予想して見せたんだよ、あいつら。いつも誘ってくれる優しい人、ってさ」
説明しながらも、おかしくてケラケラと遠野は笑っていた。何が面白いのか、僕にはよくわからない。
思えば、やっぱり失礼な答えだと思う。誘っている側からすれば、何だか突き放すようなイメージだ。けれど、遠野は気にした様子もなくて、ただ楽しそうに笑っている。
やがて、僕たちの背後からもう一人やってきて、不思議そうな声をかけてきた。
「遠野、なに笑ってんの?」
それは、探され人の井上だった。遠野の笑い声に引かれて来たらしい。遠野が腹を抱えて苦しそうに笑っているのに、何が何だかさっぱりわからない僕は、井上に説明も出来ず、首を傾げる。
笑いを治めて、遠野が今の会話を井上に伝えると、あぁ、と井上も納得して頷いた。
「そりゃ、あいつら二人とも、小石に惚れてるもん」
「井上、お前、バカ。それ暴露したら、二人にタコ殴りにされるぞ」
「知るか。俺だって恋敵の一人だ。抜け駆けして何が悪い」
……はい?
恋敵、ですか?
な、小石、と同意を求められて、僕は何とも答えられず、というか混乱してしまって、首を傾げて返すしかなかった。
その隣で、遠野と井上は舌戦を繰り広げている。
「ほらぁ。小石が混乱してるだろ?」
「仕方ないだろ、惚れちまったんだから」
「何開き直ってるかな。小石、困ったら俺のトコに逃げてきなよ。俺は彼女がいるから安全パイ」
「とかなんとか言って、漁夫の利を得ようったって、そうはいくか」
「俺はお前らみたいな変態じゃねぇよ。小石が単純に気の毒だって言ってんの」
二人の舌戦は果てしなく、僕は混乱したままで。
「……僕なんかに?」
混乱したままで、自覚なく呟いた声に、二人はぴたりと会話を止めた。
二人が揃って、なぜか間に挟まれていた僕の顔を覗き込んでくる。
「知らなかった? 小石って、かなり人気があるんだよ」
「うちのクラスでも他に五人は狙ってるし、他のクラスでも、上級生も下級生も、小石のことを気にしてるヤツってかなりいる」
「小石はね、眠れる森の美女、ってあだ名がついてるんだよ。誰が小石の眠りを覚ますのか、ほぼ全校生徒が気にしてる」
「どこの女か、はたまた男か。顔良し成績良し性格良しの眠り姫を目覚めさせるのは果たしてどいつだ、ってさ。新聞部が面白がって書き立ててる」
「ホントに知らなかったんだ? なら、加賀見と園江と井上の防御が完璧だったんだな。普段は小石のことになると取り合いみたいになってるのに、ガーディアンとしてみたら三銃士のごとき、だもんな」
「共同戦線張ってるんだ」
「はいはい。その共同戦線に俺も混ぜろよ。恋敵にはしなくて良いから」
僕がわけがわからなくて呆然としているのを気にしながら、二人の舌戦はまたもや果てしない。見事に息が合っているところは、良き相棒なんだろうと思われた。
それにしても、僕が眠り姫?
別に眠ってはいないと思うけど。
でも、周囲に関心が向かないから、そのことなのかもしれない。
だって、僕としては、周囲に関心を向けている余裕はないんだもの。自分のことで手一杯で。
心を苛むことはたくさんあるのに、生きることに必死で。周りなんて見ている余裕なんて、まったくないんだもの。
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[mokuji]
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