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side:太陽


 俺、俺ってなんて現金な奴、って今更思っている。

 今日は、雨のせいなのか、小石がすごく可愛く見えるんだ。強引に手を引けばちゃんとついてくるし、俺が冗談を言うとちゃんと笑ってくれる。

 っていうか、小石の笑顔なんて、何回かしか見たことがないから、すごく嬉しい。

 小石が母子家庭っていうのは、実は俺、知ってたんだ。一時期小石を追っていた加賀見に、聞いていたからね。

 その時は、驚いたよ。俺、ずっと見ていたつもりだったんだけど。その間に、小石の両親が離婚してたなんて、気付かなかった。

 それだけ、小石は無反応だったんだ。普段から寂しそうだから、わからなかったのかもしれないけど。

 そもそも、苗字が変わってないからね。気付くはずがなかった。

 ところが。ただ、両親共に旧姓が小石だったから、変わらなかったってことらしい。

 なるほどね、って感じ。




 井上に案内されて行ったハンバーグ屋は、一時を過ぎても観光客でにぎわっていた。席は点々としか空いていなくて、二人と三人に別れろという。

 遠慮しようとした俺を尻目に、他の三人は揃って三人席に行ってしまって、俺は同じく残された小石と二人席に案内された。

 ふと三人席のほうを見れば、奴らは三人揃って、こちらに目配せを寄越した。うまくやれ、ということらしい。

 別に、今回の社会見学でアタックするなんて、言った覚えもないんだけどな。そりゃ、俺が小石に惚れてるのは、奴らは知ってるけど。

「良かったのかな? 別れちゃって」

 俺と向かい合わせに座って、落ち着かなさそうにしながら、小石はそんな風に気遣ったことを言う。それに、俺は肩をすくめて見せた。

「良いんだろ。あいつらが、先に勝手に三人で行っちまったんだし。気にすることないさ」

「そう? ……園江は、良かったの?」

 あれ? 小石って、俺のこと苗字呼び捨てで呼ぶ奴だったっけ?

 っていうか、名前を呼ばれたこと自体、初めてかもしれない。ちょっと感動。

「俺は、願ったり叶ったり」

「……え?」

 なんのことかわからない、というように素直に首を傾げる姿に、何だかそれが可愛くて、おもわず笑ってしまう。

「何でもないよ」

「……そう?」

 聞こえていたのかいなかったのか、理解できたのかできなかったのか、見た目では判断が出来ない。ただ、見たとおりの性格であれば、多分今までそんな世界を知らなかったはずで、少し混乱しているのだろうとは見て取れた。

 さっき、加賀見の彼氏がどうのって話をしてたからな。その辺に引っかかってくれていると嬉しい。話が切り出しやすいから。

 とはいえ、ここは公衆の面前。こんな、隣の席の会話が丸聞こえな場所で、告るつもりはない。

 井上推薦のハンバーグは、少し値が張ったが、それ以上に美味かった。これは、ハマるかも、っていうくらい。

 実際、それは全員同じ感想だったらしく、もう全員に知られてしまっているため隠す気も失せたのか、加賀見は「今度は芝田っちと来よう」と、語尾にハートまでつけて惚気てくれた。




 贅沢な昼食に舌鼓を打って、俺たちは大満足で店を出た。出た時点で、時刻は二時を回っていた。

 集合時間は、四時丁度。場所は大仏様のお膝元となっている。

 少し急がないとならないらしい。

 雨は食事中にあがっていて、雲の間から日の光が差し込んでいた。全員が濡れたままの傘を片手に小町通りを抜けていく。

 鎌倉駅をガード下をくぐって向こうに出て、江ノ電の駅に入った。ジャンケンで遠野が負けて、五人分の切符を買いに行く。

 待っている間、小石は自分の傘をパタパタと振っていた。もっと強く振れば雨水も落ちるだろうに、自分に水滴が飛んでくるのが嫌なようで、へっぴり腰になっている。

 みるに見かねて、手を出してしまう俺だ。

「貸して。やってあげる」

 俺の申し出に、何を言われたのかわからないとでも言いたげに、小石が俺の手と顔を見比べる。そんな仕草が可愛いと思ってしまう俺は、実に見事にヤラレているらしい。

 傘の柄を持ってやれば、小石は素直にその手を離した。まるで条件反射のようなタイミング。

 その傘を小石から遠ざけて、自分の傘にするようにばさばさと振って、ついでにクルリと回してマジックテープで止めて返す。

「ほい。これなら濡れないだろ?」

「あ……。ありがと」

「どーいたしまして」

 そんな可愛い舌っ足らずな口調で礼を言ったら、俺の理性を焼ききっちまうぞ、なんてめちゃくちゃ思ったりするわけだが。そんな内心はおくびにも出さず、おどけてみせた。

 隣で、俺たちのやり取りを聞いている加賀見が、クックッと忍び笑いをしているのが見えた。自分が幸せだからって、人の真剣な求愛行動を楽しむのはやめて欲しいものだ。

 遠野が切符を買っている間に、ついさっき電車が出てしまって、次の電車まで十五分ほど時間が余ったので、俺たちは駅構内に売っていた紫芋ソフトを買った。さっき、小町通りで買い損ねたんだよ。

 以前食べた味より、何だかバニラの味が濃いが、これはこれでなかなかイケる。

 小石ははじめてだったらしくて、美味しそうに笑っていた。ホントに無邪気な顔で。




 長谷は、同じ学校の同じ学年の学生でごった返していた。

 ほとんどのメンバーは長谷観音の詣で帰りのようだ。ということは、これから上っていったら集合時間に間に合わない。それよりは、大仏様でのんびりしようということになった。

 さほど仏教にも寺自体にも興味のない俺は、お参りさえ済んでしまえば後は大仏を見上げてぼけーっとするしかない。

 楽しそうな井上は放っておいて、残る四人はそこにすでに来ていた教諭陣に寄って行く。目当ては、芝田っち。

 何しろ、その姿を見かけてから、加賀見がそわそわと落ち着かないのだ。彼氏のそばに行きたくて仕方がないのが丸わかりで、別に行き先もない俺たちはそれに付き添ってやることにしたわけだ。

 班行動だから、二人も放し飼いにするわけにはいかないからね。単独行動は井上だけで十分。

 近寄って行った俺たちを、芝田っちは迷惑そうに見やってくれた。それはもう、大事な恋人まで一緒くたに。それは加賀見が可哀想だろ、と思う反面、立場上の問題もわかるから何ともいえない。

「お前ら、一人足りないだろ」

「約一名は大仏様の中に行っちゃったんだよ。あんな仏像マニアにはついていけない」

 平然とタメ口で返す加賀見に、俺と遠野もそうそうと頷く。

 そもそも、高校教師が学生にタメ口をきかれるのは、そんなに珍しくはない。その上、芝田っちは年が若くて、頼れる兄さんタイプなので、なおさらだ。いつだって女生徒に囲まれて鼻の下を伸ばしている。

 だから、よくこの人が加賀見と大人の付き合いをしてる、とたまに感心するんだ。加賀見も、よくこの人の無節操に嫉妬しないでいられるなぁ、と感心してしまう。

 教師と生徒という立場をわきまえているといえば、実に見事にわきまえているわけだ。反対に、よくこの二人が付き合い出せたよな、とも思うけど。

「昼飯は?」

「食ったよ。めちゃくちゃ美味いハンバーグ。今度食べに行こうよ」

「堂々と誘うなよ、弓弦(ゆづる)」

「ちゃんと周りはチェックしました」

「こいつらは知ってるわけか」

「大事な友達だからね」

 それは、俺たちにとっても嬉しい言葉だった。禁忌の恋を打ち明けられる大事な友達と言ってくれたのだ。嬉しくないわけがなかった。

 ふぅん、と微妙だが納得した返事をして、芝田っちは自然に恋人の頭に手を載せる。それを、加賀見は嬉しそうに笑って受け入れていた。

 それはそれは、見ているこちらが羨ましくなるくらいのイチャイチャぶりだった。





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