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side:月
鶴岡八幡宮で集合写真を撮ったとき。園江の手が僕の肩を抱いていた。
逃がさないようになのか、それ以外の意図があったのかは分からないけど。
そんな風に人に触れられたのは初めてで、胸がドキドキしている。そんな自分の反応に、僕自身がびっくりしている。
僕たちは、その後宝物館に移動した。
写真を撮ってから、園江はずっと僕の隣にいた。時には手を引いてくれて。僕が迷子になると思っているのかもしれない。何か、気を遣われてる。
園江の存在が気になってしまって、せっかく見たものが良くわからない。同じ県内の観光地だから、何度も来てるし、別に構わないんだけど。
宝物館を出ると、小雨だった雨が本降りになっていた。なんていうか、土砂降り。
勘弁してよ、って思う。こういう雨が一番苦手。見ているのさえ嫌だと思う。
「どうしよう。降ってきちゃったよ」
「雨宿りしようぜ。確か、社務所に休憩室があった」
僕に気を遣ってくれたのか、みんなが口々にそう言ってくれて、とりあえずの方針が決まってしまう。
遠慮しようにも身体が強張ってしまって、思うように口も動かせないから、僕はお任せ状態だ。
走るぞ、と言って、三人が先に走り出して行く。隣に残った園江が、僕に手を差し出した。
「行こう。掴まって。前見なくて良いから」
それってつまり、先導してくれるってこと。前を見なくても行くべき場所まで連れて行ってくれるということ。風に向かって走っても、前を傘で隠して良い、ってわけ。
「良いの?」
「いつまでもここにいたくないだろ? ほら、傘差して」
言われたとおりに、自分の傘を差して、彼と手を繋ぐ。その手が暖かくて、少し戸惑う。
行くぞ、と声をかけて園江が走り出して、僕はそれを追いかけた。
社務所では、雨宿りに入った人が他にも何人か見受けられた。来たついでに、井上がお守りを買っている。
園江は、僕のすぐ隣で雨に濡れた自分を拭いていた。
「小石、大丈夫?」
自分だって濡れただろうに、彼は僕のことをまず心配してくれた。彼は、僕が水をかぶって倒れたことを、目の前で見て知っているから、余計心配してくれるんだと思う。
無理に笑って頷けば、ほっとしたように笑って返してきた。
そのさらに横で、加賀見がため息混じりに呟く。
「今日の予定、大幅変更するしかないなぁ」
「長谷まで行くんだろ? 雨、止んでくれるといいけど」
とりあえず班長のはずの園江は、そんな友達のぼやきにただ苦笑するだけだ。
そこへ、お守りを買いに行った井上が戻ってきて、どこから聞いていたのか、心底嫌そうに答えた。
「雨が止むまで、俺は外に出ねぇぞ」
「井上ぇ。そういうわけにはいかないだろ?」
「良いんだ。行きたきゃ、四人で行けよ」
ふん、と子供みたいな駄々をこねて、彼はそっぽを向いて見せる。そんな井上に、加賀見も遠野も困ったように笑って顔を見合わせていた。
へぇ。井上も雨、嫌いなんだ。良かった、同類がいて。
何だか、ほっとした瞬間だった。
幸い、雨はしばらく降って小雨に変わった。
なんとか昼食には間に合ったのが助かる。
しばらく携帯を弄っていた加賀見が、突然脈絡もなく言った。
「他の班はみんな、長谷方面に移動したみたいだぞ」
「何? 彼氏情報?」
「芝田っち情報」
「彼氏情報じゃん」
遠野がからかう口調でわけの判らないことを言い、加賀見はふふんと笑って誤魔化した。
えっと、それって、つまり、もしかして、加賀見って男が好きな人? しかも、その恋人が芝田先生?
何か、僕の知らない世界……。男同士に恋愛ってありえるのかな?
「じゃあ、小町通りはうちの奴らいないってことか?」
「だろ?」
「ラッキー。小町通りに美味いハンバーグ屋があるんだよ。行くだろ?」
「混んでねぇか?」
「だから、うちの奴らがいないのが良いんじゃん。一時過ぎれば会社員がいなくなるから入れるだろ」
それまでに鳩サブレでも買って、と暇つぶし方法まで提案する井上は、意外と爺臭い趣味があって寺回りが好きなんだそうだ。そのせいで鎌倉はほとんど自分の庭状態で、こんなグルメ情報も網羅している。
僕が加賀見の驚きの事実にぼぉっとしているうちに、他三人の同意は得ていたらしく、全員が僕の顔を覗き込んだ。
「小石は? ハンバーグ、ダメ?」
「え? あ、えっと。大丈夫……」
「じゃ、決定」
そうと決まれば、とみんなは同時に動き出し、僕はいつの間にか、園江に手を引かれていた。
僕の家は、母子家庭だ。
つい最近、両親は離婚してしまい、離婚調停の結果、僕の親権は母に与えられた。
父は、どうやら僕を引き取ることを嫌がったらしい。養育費は出すが、息子を引き取る気はない、とはっきり宣言したそうで、そのことを母は今でも根に持っている。
そんな母も、きっと僕を疎ましく思っているのだろう。子供の頃から、僕は両親に愛情を持った目で見られた覚えがない。
水恐怖症になってからなのか、それ以前からなのかは、良くわからない。
そもそも、水を怖がるようになったのは、海で溺れて死にかけたからなのだけれど、それは五歳の時のことで、物心つくかどうかの瀬戸際にいたから、それ以前がわからないのだ。
別に、食事を与えられないとか、そういうわけではないから構わないけれど。寂しいとは思う。
まぁ、そんなことはどうでも良いんだけどさ。
つまり、そういうわけで僕の家族は母一人だから、お土産は最小限で済んでしまう。鳩サブレなら、一番少ない六枚入り一つで事が足りる。
「小石、それだけで足りるの?」
「あ、うん。お母さんだけだから……」
「え? 小石って、母子家庭?」
「……うん」
「そっかぁ。うちなんか、祖父ちゃん、祖母ちゃん、親父にお袋、兄貴、妹、あと犬のタロも。最低七つはいるもんな。困ったもんだ」
へぇ、と何でもないことのように言って、園江が自分の家族を指折り数える。
母子家庭って聞くと、大抵みんな、一瞬引くんだけど。さらりとかわされた。ちょっとびっくり。
「いいなぁ、園江の家族。大家族で楽しそう」
素直にそう言ったら、園江には、とんでもない、と返された。量が多くて、いつもお土産に苦労するらしい。
大家族も、それはそれで大変なんだなぁ、と思いながら、僕はでも、園江の言い方がしみじみって感じで笑ってしまった。
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