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side:太陽


 彼という存在を初めて知ったのは、中学三年生の時だった。

 とにかく目立たない奴だった。それは今でもなんだけど。何に対しても遠慮がちで、良くも悪くも控えめなタイプで。

 クラスが同じになったことがなかったから、同じ学年なのに、いることすら気付かなかった。

 あの事件までは。

 あれは、どちらが悪いというわけでもなかったんだと思う。いや、悪いといえば、外を確認しなかった監督はもちろん悪いんだけど。

 普通の相手なら、厳重注意くらいで済んだと思う。

 でも、彼はそれではダメだったんだ。

 水恐怖症っていうらしい。水は何もかも苦手で、プールは医者の診断書付きで常に見学だし、トイレから出た時も、体育でボールを触っても、食事の前とかでも、お絞りで手を拭くくらいしか出来ないから、彼が水を触っているところを見たことがない。

 俺は、水泳部の部長なんかやるくらいには、泳ぐのが大好きだから、水は友達ってなもんだけど。

 だからこそ、俺とはまったく違う価値観を持った相手に、俺は興味を持った。

 その頃はね、ただの興味だったんだよ、ホントに。中坊のガキだし、水泳と生徒会活動で忙しくて、その後は受験に追われて、それ以外のことには関心が行かなかった。

 当時、女子には人気があったらしい、というのも、実は高校に入ってから知った。

 とにかく、部活漬けだったんだよ。県大会に毎年出場する程度には強い学校だったこともあって、専門の監督をお願いしていたくらいだからね。俺もとにかく真剣にやっていた。

 今は、普通の部活レベルでやってる。強いといったって県レベルで、これ以上俺は伸びないと思うからね。本気にはなれない。

 まぁ、とにかく。そういうわけで、俺の視野は高校に入ってからぐんと広がった。

 女の子にも興味が行くようになったし、友達づきあいも真剣に考えるし、将来のこともね、考える。大学進学するか、専門に行くか、就職するか。結構悩みどころの学力だからさ。

 で、そうやって周りが見えるようになって、俺は偶然同じクラスになった彼を、気にし始めた。




 最初はね、単なる興味だった。

 だって、俺とはまるで正反対なんだ。

 俺は水が大好きなのに、彼は水が大の苦手だろ? それはまぁ、トラウマのせいらしいから仕方がないとしても。

 俺は意外と社交的だけど、彼はとても内気で控えめ。友達をあまり作らない方で、ほとんど常に、一人でいる。

 それに、俺は勉強が嫌いだけど、彼にとっては勉強も苦になっていないらしい。何故こんな高校にいるのか不思議になるくらい、頭が良いんだ。学区一番の高校でも、驚かないんだけどな、俺は。

 そこは、出身中学の先生すら、不思議そうに首を傾げていた。

 何でも、彼の志望校がここだったらしい。もっと上でも十分イケる、と助言しても、それでもここを選んだ。その理由は、多分家から一番近いから。

 その理由だけは、俺とまったく同じなんだけど、俺は必死に勉強してここなのに、彼はレベルを三つくらい落として、ここなんだ。びっくりしちゃうよ。

 たぶん、雨に濡れたくない、っていうのが全ての理由なんだと思う。自転車でも十分はかかる距離を、彼は歩いて通っているんだ。突然雨に降られても、すぐに傘がさせるように。

 ホント、徹底してる。それだけ、本当に苦手なんだろう。

 こんなに何もかもが正反対の彼が、俺には気になって仕方がなかった。

 幸い、気になっているのは俺だけではなかったらしい。

 彼が水恐怖症なのは、クラスメイトの全員が知っている。心の病気だから、仕方のないことだ、と理解もしている。

 別に、気を遣えと誰かに言われたわけではない。だから、つまり、それだけ人間的に大人になっているんだろう。高校生だしね。

 で、彼を気にしているのはそんな症状のせいも多分ある。

 けど、彼の外見も要因としては大きい気がするんだよね。

 だって、美人なんだ。元々が色白で、子供みたいな大きな目とふっくらした唇と、この年でもニキビは一つも見当たらないし、髪も女の子が羨むサラサラヘアで。

 二年になってから俺とつるんでいる加賀見は、彼に惚れた、なんて言っていた。その意味は、恋。男同士なのに。

 けれど、その加賀見は夏休み前に別の男と付き合い始めていた。なんでも、小石は高嶺の花のままで良い、んだそうだ。

 良くわからないけどさ。

 ちなみに、俺は加賀見のことを悪く言えない。というか、こいつのせいで、俺の気持ちにまで名前がついてしまったから。

 俺も、彼、小石睦月(こいしむつき)に恋をしていたんだ。

 いつからそんな風に見るようになっていたのかは、俺にも実はわからない。

 もしかしたら最初からかもしれないし、入学式の日に窓際で憂いに満ちた目を外に向けていたその横顔に惚れていたのかもしれない。その後だって、何度も彼の存在を気にするタイミングはあった。

 自覚したのは、今年の春。加賀見がそんな風に言い出した直後だ。

 最初は、男が男に、なんて信じられないと思っていた。

 けどさ、そういうことがありえると聞いてしまったら、何となくそんな風に見えてくるもんなんだよ。

 友達だとは、最初から思っていなかった。構いたくなる相手。ずっとそばに置いておきたい相手。それがどういう相手なのかは、名前がわからないでいたんだ。

 そこに、ピッタリ来る名前を、もらってしまったわけ。恋、ってね。




 彼は、とにかく常に一人でいて、学校の班行動にも、自分からあぶれてしまうタイプの人間だった。

 俺たちとしては、もうとっくに仲間の意識でいるからさ。彼が自分から来てくれないことに少し困惑してる。

 まぁ、困ったようにしていたら、無理やりにでも仲間に引きずり込むからね、こっちから。別に構わない、っちゃ、構わない。

 今日、社会見学で鎌倉にいる。

 これも、やっぱり班行動で、彼は俺たちの班に加わった。

 つまり、俺は彼と今日ずっと一緒だということ。嬉しくて舞い上がっちゃいそうだよ。

 社会見学といっても、授業の一環だから、開始時間は学校の始業と同じ九時。

 当然のように、商店街はシンと静まり返っている。大抵の商店は十時開店だし、食い物屋にいたっては十一時開店が普通なんだよ。それまでは、寄り道不可ってこと。

 この辺に、美味い紫芋ソフト屋があるのにさ。つまらない。

 最初の目的地は、鶴岡八幡宮。配布されたガイドブックのコピーによれば、といろいろ書いてあるけれど、特に興味はない。

 ついでに、今日は最悪の雨模様。

 傘越しで、雨越しで、見るもの全てが濡れた状態で、面白いわけもなかった。

「絶対、雨男がいるって」

 そんな風に、まだこだわって言い続けているのは、井上だ。彼も、雨は嫌いなタイプだ。中学では陸上をやってた奴だからさ、雨が降ると結露した廊下で走るしかなくて、派手に転んだ経験があるから、雨が嫌いだと豪語する。

 なんか、わかりやすい奴だ。

 俺としては、俺たちの一歩後ろをついてくる小石が、気になって仕方がない。

 今日は小雨がぱらつく程度だから、気にするほどではないのだけれど。

 きっと帰りたいだろうな、と思う。どうしたって、傘を持っていても雨には濡れるからさ。風が吹けば、足元が特に。

 俺が背後を気にしていることに、隣の加賀見は気付いていて、意味ありげに笑って寄越す。

 頼むから、余計なことは言うなよ。片想いの辛さはお前だってわかってるだろ。

 なんて、内心で釘を刺す。本人には、きっと伝わってはいない。

 鶴岡八幡宮の入口は、デカイ鳥居が出迎える。朱塗りのそれは、その大きさを見て、どう考えてもコンクリート作りだ。なんていうか、情緒が薄い。

 中央に作られている太鼓橋は、いつの作なのかは知らないが、通行禁止だった。両隣に設けられた普通の橋を渡らされる。

 太鼓橋って、渡ってみたいんだけど。まぁ、無茶は言うまい。もう高校生だ。

 拝殿で、賽銭箱に五円玉を入れ、手を叩く。

 願い事は、恋愛成就。

 実は、俺は今日、小石に告白するつもりでいる。当たって砕けろ、ってこと。それで嫌われると辛いけれど、もう、とにかく結論を出してほしいんだ。来年は受験だしさ。そもそも、来年同じクラスになれるかどうかもわからないし。

 お参りを終えてそこから少し離れると、遠野がインスタントカメラを取り出した。

「記念撮影しようぜ」

 もちろん、異論はない。

 遠慮しようとする小石を捕まえて真ん中に置いて、俺はさりげなく彼の肩を抱いた。

 通行人に頼んでの、五人揃った集合写真。

 現像できたら二枚焼き増ししてもらって、一つは俺と小石だけに切り取って財布に入れておこう。

 俺って、結構女々しいかも……。





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