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自宅は、JR大磯駅に程近い住宅街に建つ、古い家だ。
土地付き中古物件として売り出されていたこの家の所有者は、弓弦になっている。何しろ、購入資金の八割が彼の溜め込んだ預金で賄われた。元はといえば、三年間不特定多数の男たちに身売りして作った金だから、早いうちに使い果たしてしまいたかったらしい。俺の父が他界した時に受け取った遺産が、一戸建て購入のきっかけになったわけだ。
家を購入してまだ四年だが、ほとんど現金でポンと買ってしまった家なので、借金もほとんどなく、弓弦が高給取りなおかげで、ずいぶん楽に暮らしている。俺の倍くらいの収入額に、もっと割りの良い職業に転職しようかとも思ったのだが、先生をしている俺が好きだ、と口説き落とされてそのままになっている。
その日のうちに自宅に帰って、俺は園江と行動していた間に小石と弓弦がしていた会話を聞いた。
小石の言葉を借りるなら、いつまでも保護者面してないで、ちょっとは恋人のことを信用してほしい、のだとか。まったく、あの二人はそれぞれに過去に捕らわれすぎている。
「それで? 弓弦は助言してやったんだろ?」
「ん〜。助言って言うのかなぁ? それをそのまま本人にぶつけてみなよ、って位は言ってたかな。その程度だよ」
「なんだ。弓弦もイジワルだな」
「まぁ、あの二人には本音を言い合う機会が必要だとは思うよ、俺も。痴話喧嘩なんて、犬も食わないって言うじゃない」
「痴話喧嘩、ねぇ。そういや、俺たちはしたことないよな、ユウ?」
「弓弦とはしょっちゅう喧嘩してるじゃない。何も、俺とまでやることないだろ?」
「そうか? 喧嘩するほど仲が良いって言うしな。お前はなんでも受け流しちまうからなかなかヒートアップしなくて困ってるぞ?」
「あれ? なんだ、喧嘩したかったの? いいじゃない、喧嘩より楽しいこと、しようよ」
ふふっと怪しく笑って、しなだれかかってくるから、俺もそれを受け止めて、畳に押し付ける。布団なんて敷く間も惜しい。ユウに甘えられれば抵抗せずにもつれ込むのは、もう条件反射に近い。夜に入れ替わるのは相変わらずでも、エッチせずに過ごす事だって普通にできるようになって久しいというのに。
まったく、過去に何か面倒な事態を抱えると、それが不要になってもなかなか重荷を捨てきれないのが人間というものであるらしい。
「俺も、園江のことを言ってられないな」
「なぁに? ダメだよ、俺以外のこと考えちゃ」
「俺と園江じゃ、天地がひっくり返っても関係持てないぞ」
「それでも、ダ・メ♪」
組み敷いているのは俺だというのに、無理やり唇を奪われる。思考力を奪うほどの口付けに酔い、俺はまた、年甲斐もなく恋人に夢中になった。
十年以上の付き合いでも、まったく醒めることのないこんな情事を繰り返していると、俺たちも一生添い遂げられるのかもしれない、と、そう思えるのだった。
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