星のその後 花のその後 1
まだまだ残暑の厳しい九月中旬。
三連休を利用して、箱根にある高級ホテルのホールを借り切っての同窓会が開かれていた。
卒業して十年の歳月が過ぎ、久しぶりに顔を合わせた者も多いようで、そこかしこで昔話に花が咲く。
この学年を担当していた教師にも声がかかったようで、数人いる教師や元教師たちが、それぞれに元生徒に取り囲まれていた。当時は嫌われていた先生でも、卒業して一個人として再会すれば、恩師として扱われるらしい。
俺、芝田一之も、誘いを受けてこの空間に足を踏み入れていた。隣には、交際十一年目の恋人がいて、懐かしい、と大はしゃぎしている。
今回の誘いを受けたのは、この恋人に強請られたせいだった。他の学年にもたびたび誘われていたが、今までなら担任したクラスのクラス会くらいにしか行かなかった。
俺たちを目ざとく見つけたのは、恋人である弓弦が高校生時代に親友と慕っていた連中だった。弓弦とは、それぞれには交流があったが、全員の顔が揃ったのは久しぶりかもしれない。
真っ先にやってきて弓弦の腕を取ったのは、小石だった。
「かがっちゃん、聞いてよぉ。陽ったらひどいんだよぉ?」
「睦月。何でお前はいつまでも加賀見離れしないんだ?」
「なんだよ。陽が浮気性なのがいけないんでしょ」
何がきっかけだったのかは知らないが、高校生時代のおどおどした様子がすっかり鳴りを潜めた、どころか、少し甘えん坊の気すらある小石は、園江と喧嘩するたびに弓弦を頼る。その小石を猫可愛がりする弓弦もいけないのだろうが、昔は少なからず恋情もあったと聞いている相手だけに、ヤキモキしてしまうのは事実だ。
小石と園江の痴話喧嘩を、弓弦はくっくっと楽しそうに笑って見ているから、まぁいいか、と思うのだけれど。
「園江、むっちゃんをイジメたら、俺が許さないよ?」
「加賀見までそういうことを言う。イジメられてるのは俺の方だろ」
まったく、と腰に両手を当てて、ため息交じりにそっぽを向く。高校時代でも、小石と付き合い始めてから、だいぶ男らしく成長していた園江は、今では立派に頼りがいのある好青年になっていた。多少子供っぽいところのある恋人にベタ惚れしている者同士、酒でも酌み交わしてみれば話も合うだろう。
後から、こちらの騒ぎに気づいたのか、遠野と井上も近づいてきた。
井上は、いまやお茶の間にも有名になった、いまどき珍しい新進気鋭の仏師になっていた。美大に進んだ彼は、そのまま仏教芸術にのめり込み、もともと彫刻が得意だったこともあって、自分で作り始めていたわけだ。
出来上がった仏像は、きちんとお寺で祈祷を受けた後、買い取り手の手に渡っている。うちにも一体奉られていた。弓弦が、亡くなった叔父を供養するために、ちゃんと代金を支払って手に入れたものだ。
井上が作る仏像は、作り始める前に引き取り先が決まっていると、大体その人物に似た風貌に仕上がるので、人気が高い。うちにいる仏様も、供養対象こそ気に入らないものの、その顔は弓弦そっくりで、優しい顔をしているので、見ているとほっと気持ちが落ち着くのも事実だった。
一方の遠野は、三年ほど前に結婚して、今は二児のパパだ。時折家族連れでうちにやってくる。二人で暮らすためには少し大きな一軒家は、遊びに来るのにちょうど良いリラックススペースなのだそうだ。子供の世話を弓弦に任せて、疲れたように畳の部屋に寝転がる夫婦の姿をよく見る。
まぁ、俺たちもいくらがんばったところで子供は望めない関係だし、弓弦は子供好きだからちょうど良いのだが。
「ほんっと、小石と加賀見は仲が良いよなぁ」
「いっそのこと、付き合っちまったらどうよ」
他人事だと思って物騒なことを言う井上と遠野に、ぎょっと目を見張った。気になって園江を見やれば、そちらもまた心穏やかではない表情だ。
もちろん、恋人の心変わりなど信じたくはないが、まるっきり否定できないほど仲が良いのは事実だ。
が、そんな彼氏の心配をよそに、弓弦は小石と顔を見合わせると、二人同時に噴出した。
「あはは。そんなのあり得ないよぉ」
「受け同士じゃエッチも成り立たないしね」
「身近に同じ立場の人っていったらかがっちゃんだけだしぃ」
「吹っ切れてからのむっちゃん構うの楽しいんだもの」
微妙にお互い失礼なことを言い合っている気がするのだが、本人たちはまるで気にした様子もなく、顔を見合わせて、ねぇ、と同意を求め合った。すでに二十八才のくせに、まるで女子高生のノリで、思わずめまいを覚える。
俺は家でしょっちゅう二人のじゃれあいを見ているから、もうすでに見慣れたのか、その迫力にめまいを覚えるくらいしかないのだが、なかなか二人が揃っている姿を見る機会のない井上と遠野は、驚いたようで目を丸くしていた。
確かに、めったに会うこともなく高校時代の印象が強い彼らにとって、弓弦と小石の変わりようは驚愕に足るものだろう。
弓弦は、大学で建築学を専攻し、今では大手ゼネコンに就職して一級建築士としてデザインビルの設計などに携わっている。そんなトップレベルの技術者には、個性の強い人間が多いようで、いまだに治っていない二重人格とうまく付き合いながら、残業の嵐にへこたれることもなく、打たれ強い人間に成長した。
一方の小石も、スイミングスクールのコーチに就職した彼氏と同居しながら、フリーランスのフラッシュ広告作家という肩書きを持って在宅ビジネスで成功している。いろいろなタイプの広告主と会うことで世間に揉まれて、人見知りを卒業できたらしい。その途端にこれだけの甘えん坊になったのは、彼氏がべたべたに甘やかすのが原因だろう。
まぁ、仲良くやっているのなら心配もいらないはずだ。十年付き合って、半分は同棲していてのこのラブラブぶりだ。一生添い遂げるに違いない。
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