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 時間を少し過ぎてリビングに降りると、すでに全員が揃って夕飯の仕度をしていた。といっても、八人掛けの食卓に発泡スチロールの中から松花堂らしい大きめの弁当箱と空のまま用意された御椀にインスタントのお吸い物、という内容だったから並べるだけだ。

「悪い。遅くなった」

「運転手さんはゆっくりしてて良いですよ。ねぇ?」

 お吸い物の粉末を入れた御椀に湯を注ぎながら答えてくれた中井嬢に、女の子の意見最優先のフェミニストたちが首ふり人形化する。

 恋人が男だろうが、片思いの相手が男だろうが、女の子は敬い守るべき対象だ。人が良い分礼節にうるさい遠野が二年間付き合い続けて一生添い遂げそうな勢いの彼女は、彼らにも相性が良いらしく人気者だった。

 食卓は中井嬢に主導を任せて全員が指示に従って、全員がダイニングテーブルを囲んで席につく。

 恋人同士が隣あって丁度向かい合わせに四対三になってくれるから席順に困ることもなく。

 俺以外全員が未成年のおかげで酒もなく、スーパーで仕入れてあったお茶を入れたグラスで乾杯する。

 音頭をとるのはもう一人の幹事である園江だった。

「じゃあ、改めて。全員進路が決まって、アンド卒業を祝って。乾杯!」

『かんぱ〜い!』

 全員の声が揃うのは仲が良い証拠だろう。中身はノンアルコールでも。

 ケータリングの夕飯は、思ったより繊細で深い味わいだった。そんなに期待していなかったから意外だった。

 しばらく黙々と味わっていたのは、美味しいおかげもあるが、昼食が少し足りなかったせいもあるだろうと思われる。

「ユウ。買ってあるけど飲むか?」

「未成年の目の前で未成年に勧める?」

「このメニューなら晩酌したいだろ?」

「一之も?」

「弓弦のオススメだからな。正直、気になってる」

「本気で飲む気じゃなかったくせに」

「だって、これだぞ。呑みたくなるだろ」

「なるねぇ。辛口に合いそう」

 ふふっと嬉しそうにユウが笑うから、俺の腰は自然に軽くなる。酒を覚えさせたのも、甘やかされるのに慣れさせたのも俺だからこそ、嬉しそうに笑われるのが嬉しい。さらに尽くしたい気持ちになるのだ。

 冷蔵庫で少し冷やした酒を戸棚にしまってあった小ぶりのワイングラスに注いで、俺の分と二人分。

 そそくさと台所に立った俺を見送っていたメンバーがビックリした顔を俺とユウに向けた。

「日本酒をワイングラス?」

「ってか、加賀見、未成年」

 クスクスとユウが楽しそうに笑っている。それから、メンバーを見回してニコリという作り笑いを見せた。

「初めまして。……二度目まして?」

 ありがと、と俺には自然な笑いを見せて、ユウが自分から問題発言をする。後でバレるより自分でバラそうと思ったのだろう。酔っぱらったら何をしでかすか自分でわからないという先読みも絡んだか。

「ましても何も……」

「や、それは弓弦でしょ? まぁ、俺は初めましてって感じじゃないんだけど、弓弦は今の会話を聞いてないからなぁ。俺の時間帯にはっきりさせとかないと」

「だから、言っただろう、園江。夜を楽しみにしてろってな」

 多少の種明かしを付け加えても、園江は察しが悪くて不思議そうな顔のまま。代わりに小石が首を傾げた。

「芝田先生の加賀見くんを呼ぶ名前が違うよね? 夕飯からだと思うんだけど」

 理解できたのはそこまでらしい。次いで、まさか、と答えを口にしたのは井上だった。

「まさか二重人格とか言わねぇよな?」

「何でまさか? その通りだよ。だから、初めましてって言ったじゃない」

「二度目まして、とも言ってたわね。いつ?」

「花火の時」

 あぁ、と途端に納得したのは遠野で。全員の視線がそちらへ向く。注目されて、遠野は鼻の頭を掻いた。

「いや、あのくそ暑い中、途中から芝田っちとベッタリだっただろ。恋人同士だって知ってたからそんなに違和感なかったんだけど、後であの日の話しても加賀見は打ち上げ花火の方しか話題に乗って来ないし、少し不思議ではあったんだ。そんなに人変わんねぇんだな」

「基本は似てる、かも?」

 ニコニコと嬉しそうに笑いながら俺を見返してくるユウに、俺はその頭をいつも通りクシャクシャに撫でて微笑み返す。恋人くらいの距離感で付き合っていれば、ずいぶん違うけどな。育った環境とユウが弓弦の生活を共有している状況が影響するらしく、基本的な前提知識が同じだからそれなりに似通っている。肯定も否定も間違いではない。

「一番違うのは食の好みだな。ユウは和食派、弓弦はイタリアン好きだ」

「お酒の好みもね」

「身体が同じだからザルなのはどっちも同じだけどな。その酒選んだのは弓弦だぞ。スーパーで販促の売り子が立っててな、試飲してお前に飲ませたいって楽しそうに笑ってた。ワイングラス指定したのも弓弦だ」

「うん。ワイングラス正解。辛口なのにすごいふくよかなお味」

「だな」

 うんうん、と満足そうに何度も頷いて、ユウがグラスを傾ける。それから、友人たちを見やって首を傾げた。

「飲む?」

 そういや、未成年だからと自然に除外していた。勧めるくらいは礼儀だったか。

「飲んでみるか? 今日は誰も咎める人間いないしな。車にビールと酎ハイもあるぞ。昨日弓弦が大量に積み込んでたからな」

 まぁ、立場的には咎めるべき立場ではあるけどな。むしろ、初飲酒はちゃんと制御できる大人がいるところでするべきだと俺は思っている。飲めない体質を知らずにいきなり居酒屋で飲んでぶっ倒れる羽目になるよりは、ちゃんと介抱できる人間がいる場所で見極めておくべきだ。

 弓弦とユウの初飲酒は18歳の誕生日だった。ザルだとわかったのは、それから何度か酒に口をつけてほとんど酔わないユウの、限界を測ってみようと大晦日に実験したおかげだ。一升瓶一本用意して二人で飲んで、俺は二合くらいが意識を保てる限界なのは知っていたからそれ以上は控えたというのに、翌朝には一本の空き瓶ができていた。しかも、そのほとんどを飲み干したユウは多少頬を染めたくらいでケロッとしているまま。

 正直、アルコールという意味ではもったいない話だ。純粋に味を楽しめるという利点ももちろんあるので、美味いものをいろいろ飲ませたくなるわけだが。

 少し渋った彼らも、未知の誘惑には勝てなかったようだ。仲間が先に経験していることに対する安心感やら嫉妬心やらもあったのだろうけど。

「とりあえずこれ飲んでみる?」

「ユウ。いきなりそれは強すぎだ。冷凍庫に氷が入ってたから、コップ作っといて。車行ってくる」

 まずは軽く、酎ハイから。は〜いと良い子のお返事をするユウに後を頼んで、車のキーを片手に部屋を出る。くいっとグラスを空けるのが横目に見えた。台所に立つついでにお代わりを準備しようという魂胆だろう。まったく、飲んべえめ。




 翌朝。真っ先に目を覚まして朝食を用意して全員を起こして回ったのは、相変わらず酒に強い弓弦だった。

 適度な飲酒の翌朝は目覚めが良い奴なのだ。

 朝食は、パンとサラダとウインナーを焼いたもの。早起きのおかげで暇だったらしく、半熟のポーチドエッグが付いていた。

 ヨーグルトとオレンジジュースまでついてちゃんとしたホテルの朝食のようなメニューは、初めての飲酒でいつもよりお腹の空いていた彼らにはご馳走だったようだ。あまり酔い過ぎないように見張っていたおかげだろう。飲み過ぎると気持ち悪くて朝食に手が出なくなるものだが、適量なら百薬の長だからな。

 二日目は奈良市街探検と相成った。奈良公園を中心に、寺から神社から歩き回る。

 東大寺と春日大社を回るだけでも半日潰れるわけだ。

 午前中に春日大社から東大寺に回って、奈良町で昼食は洋食のランチを選ぶ。午後は少し戻って興福寺から古い町並みと小さな古い寺院を巡る。行き先の数が多い分慌ただしいスケジュールだが、弓弦も井上も心底楽しそうだった。

 中でも興福寺の阿修羅像は井上のお気に入りの仏像であるらしく、なかなか目の前を動かなかったくらいだ。

 あの阿修羅像の哀愁じみた表情は俺も凄いと思う。

 ちなみに、実はユウが快感を堪えている時の顔に良く似ている。とか言うと不謹慎だと怒られそうだから口には出さないが。

 東大寺の駐車場に戻ったのは、夕方5時を過ぎていた。

「薬師寺と唐招提寺はどうする? 今から行くと日暮れギリギリだぞ」

「明日にしようか? 明日はお昼に飛鳥にいられれば十分回れるから、少し余裕あるよ」

「じゃあ、夕飯の材料買って帰るか」

 俺が運転席なら助手席確定の弓弦が明日の予定をあっさり組み替える。誰からも反対意見が出ないのは、自然な成り行きに従っているからだろう。諦めるか無理して行くか明日にするかの三択なら、翌日回しが優先度が高い。まして、翌日の予定に余裕があるならなおさらだ。

 そもそも、宿から歩いて行けるほどの近所だしな。





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