星と花と卒業旅行 1




 彼らが選んだ卒業旅行の行き先は、奈良だった。

 参加者はいつもの五人組プラスメンバー内の恋人二人。

 高校の卒業式を終えた三月中旬。全員が無事に進路を決定していて、身軽な卒業旅行だ。

 企画したのは、推薦で国立の工科大学に合格したため年明けには暇な三ヶ月が確定していた弓弦だった。もう一人、国体選手になったおかげで体育大学の推薦合格を得ていた園江が手伝いを買って出た。

 後は情報系専門学校に進路を決めた小石に地元私立大学を決めた遠野とその恋人、芸大進学を決めた井上と、全員二月の決定だったから、行き先と日程以外は企画者任せだ。

 行き先に奈良を希望したのは弓弦と井上の二人だった。弓弦は現存する古代建築、井上は仏教美術狙いだそうだ。

 季節柄、スキーという案も出ていたが、スポーツ万能で真っ先に乗りそうな園江が即座に却下していた。恋人の水恐怖症を心配した結果なのだが、この男は恋人を手に入れてから一回りも二回りも成長した珍しいパターンだ。普通は手に入れる過程でてんやわんやあって苦労して成長を得るものだと思うのだが。

 俺、芝田一之は、弓弦の恋人としてというよりも、高校生のノリを捨てる気のない彼らの引率役に回っていた。企画実行は彼らに任せ、サポートに徹する腹積もりだ。

 移動手段は俺の愛車が抜擢された。七人乗りの大型ワンボックスカーで定員ぴったりだし、頭割りすると公共交通機関より安上がりなのだから、拒否する自由は俺にない。運転手が俺一人だったなら抵抗もしたが、進路を決めて暇をもて余した弓弦と園江が普通車免許を取っていたから交代要員もいたのだ。

 若葉マークとはいえ、教習を終えたてのホヤホヤだからこそペーパーより余程運転慣れしている。俺は助手席が指定席になるだろうが、それなりに楽ができるはずだ。

 まずは俺の家を前日から泊まっていた弓弦と共に出発し、近くから順に、遠野の彼女である中井嬢、小石、井上、遠野、園江と拾っていく。ちなみに、小石と園江の家は徒歩圏内だが、道順と最後に高速に乗る都合でこんな順路になった。

 カーブが多く危険な区間は俺が運転し、足柄で園江に、浜名湖で弓弦に交代する。高速を降りてすぐにコンビニに入って、後の街中は俺の担当だ。

 三泊四日の日程は、公務員であるおかげで福利厚生の充実している俺が保養所として格安で借りることができる貸し別荘を押さえてある。

 三泊全て同じ場所に宿泊というのは代わり映えなくつまらないという弓弦の主張で、最終日は温泉付ホテルを予約した。

 チェックアウトは確実に弓弦の時間帯だが、チェックインはどちらが表にいるかわからないし、切り替わり時の性欲処理が心配で、俺は少々気をもんでいるのだが。説得を試みた俺に弓弦は、一之を信じてるから、と甘えてみせて俺の反対を押しきった。恋人に甘えられて奮起しないほど甲斐性なしにはなれなかった。

 初日の今日は、法隆寺近辺の散策のみ。現地到着時刻は丁度昼過ぎの予定で、柿の葉寿司をテイクアウトすることになっている。せっかく行くのだから現地の美味いものは堪能せねば、というわけだ。

 だいたい食事時に表にいないことが多いユウは羨ましそうだったが、こればっかりは如何ともしがたい。

 旅行計画は企画人の二人に任せきりだったので俺と直接話をしていなかった園江が、今気付いたように問いかけて来たのは、彼が運転手役の時だった。

「そういや、芝田っち。仕事大丈夫だったのか?」

 この旅行は三月中旬の日曜日から四日間で予定している。本来一年生と二年生は普通に学校のある時期だ。

「まぁ、俺は今年はクラス担任持ってないからな。期末試験が終われば基本的に暇なんだよ。有給貯まってたし、丁度良いさ。むしろ春休みに入ってからの方が忙しい」

「へぇ、意外。学生が休みなら先生も仕事なくない?」

「学生が休みで暇になるのは夏休みくらいだな。冬休みは正月三ヶ日以外は受験生向けに補講があるし、春休みは学年変わる準備があるだろ?」

 なるほど、と頷く園江がむしろ新鮮だったのは恋人である弓弦もユウも、クリスマスと正月は忙しいだろうと俺が何か言い出す前に察知して遠慮してくれていたからだろう。

「だとしても、よく取れたな、三連休」

「ずいぶん前から調整してたしな。この時期の予定休は迷惑にもならないさ。まして、うちの卒業生の卒業旅行にどうしてもと誘われたんだ。ケチもつけにくいだろ」

「うわ、腹黒っ」

「そうか? 普通だろ」

 確かに卒業生を引き合いに出したのはやり過ぎだったか知れないが、嘘をついたわけでもない。

「弓弦を泊まりがけで一人では出せないからな」

「…それはむしろ過保護なんじゃない?」

「だったら、お前は小石を一人で出せるのか?」

「んなわけねぇ。俺がいなきゃ自分でちゃんと警戒するのはわかってるけど、目を離した隙に発作でも起こしたらって心配になる」

「……そういうことだ」

 恋人の症状と恋人本人の自我と自分の保護欲のバランスがその結論を生んだのだろう。恋人がしっかりしているのはわかっていて、それでも心配はする。

 俺とスタンスが同じであることに感心したせいで、反応が遅れてしまった。

 弓弦にも心の持病があることを知らない園江は不思議そうな顔をしたが、俺はそれ以上の種明かしは避ける。知りたいなら弓弦に直接聞けば良い。

「そういうことってさぁ。睦月ならともかく、相手は加賀見だぞ?」

「夜になりゃ嫌でも理解するさ。楽しみにしてな」

 夜?と園江は不思議そうに問い返して首を傾げた。




 彼らの前でユウに変わるのは、去年の夏に花火を見に行ったのが唯一だった。

 弓弦は修学旅行に行っていない。母親がその旅費の支払いを拒否したというのもそうだが、二泊の共同生活など無理だとユウと弓弦が揃って拒否したのだ。学年担当として俺も引率したのだから、なんとかなった気もするが。

 花火の時は、車に忘れ物を取りに行くと理由をつけて二人きりになって素早く処理したあとは、ユウが弓弦のふりをしてごまかした。逆は無理だが、ユウは弓弦をよくわかっているからできたことだ。

 今回は三泊四日。粗が出てバレるよりは誤魔化さない方がマシだと三人一致の見解だった。弓弦が賛同したのは意外だったけど。このメンバーとの関係を大事にしていたから、壊すのは怖がると思っていた。




 目的地に着いてからメンバーを仕切っているのは意外にも幹事役でない遠野と井上だった。街に買い物に出る機会が多いのは彼女持ちの遠野で街歩き慣れしているし、寺は井上の独壇場なのだから、行程が決まっていれば自然の流れだそうだが。

 ガイドブックであたりをつけていた店で柿の葉寿司をテイクアウトして移動しながらの昼食を摂り、本日の目的地である法隆寺に到着する。

 俺の運転中は弓弦が助手席に座ってしっかり助手を務めてくれる。一口で口に入れるには大きな寿司は弓弦が半分かじってから俺の口に放り込んでくれるからまさしく半分こだし、自分が茶を飲むタイミングで俺にも手渡してくれるからうまい具合に喉も渇かない。

 どこの熟年夫婦だ、と井上が呆れ口調でツッコミを入れていたが、もちろん無視だ、無視。俺たちの関係については、付き合い始める前から特別扱いしていたことを知っているこのメンバーには今さらなのだから。

 法隆寺といえば、日本最古の木造建築として知られている。中学高校の修学旅行でも多く選ばれる場所だろう。

 最近は修学旅行に京都奈良を選ぶ学校が減ったのか、全員が初体験というのに驚いた。

 日本史教師としては、こういう史跡で本領発揮しないという選択肢もなく、井上の趣味的知識と競うように観光案内に精を出す。俺は歴史的背景、井上は仏教的世界観が専門だから、微妙に被りつつも担当範囲が分かれたのは幸いだった。

 法隆寺だけでも結構な規模だが、時間に余裕があるのと案内人の熱の入ったガイドが気に入ったらしく全員乗り気だったため、隣接の中宮寺と少し離れた場所にある法起寺と法輪寺まで巡った。

 車に戻ったのはすでに17時を過ぎていた。

 今日の宿泊場所は貸別荘で、柿の葉寿司を買いに行ったついでに管理人である奈良市内の公務員会館で受付を済ませて鍵をもらってあったので、食料品を買い出したらそのまま入れる。

 夕飯は貸別荘のオプションで初日のみ古代食御膳のケータリングが可能だったので頼んでおいた。不在なら玄関前に置いておいてくれるそうだから急ぐ必要もない。

 住所を頼りに向かった貸別荘は西ノ京の住宅街にあった。一軒ごとの敷地が比較的広めの現代建築が並んでいるので、高級新興住宅街なのだろう。その中の一軒が目的地だった。

「うわ、普通の家だ」

「この造りなら家財道具は結構良いモノ揃えてると思うよ。見た目はボロいけどね」

 正直な感想を言う園江に弓弦が冷静にフォローなんだかこき下ろしなんだかわからない事を言う。そんな会話を背中で聞きながら玄関の鍵を開け、後ろを振り返った。

 三段重ねの発泡スチロールの箱は今日の夕飯だろう。

「そこの力余ってる三人、これ中に運んでくれ」

 はーい、と応えたのは遠野、井上、園江の三人。弓弦が含まれていないのは非力な自覚があるわけでなく、小石を手伝わせて途中で買った買い物袋を持っていたからだ。残った紅一点の中井嬢が玄関を押さえてくれている。

 それぞれに自分の役割を自覚しているあたり、なかなかバランスの取れたグループだ。

 間取りはありがたいことに4LDKだった。最大20名収容ということで、それぞれに五組の布団が用意された和室になっている。カップルごとに部屋を割り振り、余った井上を一階の一番大きな和室に放り込んで部屋割りもあっさり解決する。

 夕飯の時間は19時半にリビング集合と決めて、一旦解散となった。




 二階裏庭側の部屋に入ると、とたんに弓弦に後ろから抱きつかれた。弓弦は二人きりでも恥ずかしがりだから、こんなことはあまりしないので、思わず腕時計に目をやった。

「ユウ?」

「うん」

「いつの間に替わってたんだ? 少し早いだろ」

「はしゃいで疲れたのかなぁ? ここに着く少し前に入れ替わった」

「じゃあ、弓弦はこの家見てないのか。明日は目が覚めたら軽くパニックだな」

「貸別荘にいることは認識してるはずだから大丈夫だと思うけどね」

 お互いに呑気な会話をしつつ、多少急いで押し入れから布団を引っ張り出した。そのままユウを押し倒す。そんなに前に入れ替わっていたならそろそろ我慢の限界のはずだ。

 イチャイチャとゆっくり快感を高めていられる時間の余裕もなく、いささか性急にユウの身体を撫で上げ身体を繋げた。できるだけ声を堪えてユウも俺にしがみついてくる。

「後でゆっくりイチャイチャしような。今は俺は気にしないでイッちまえ」

 背中に爪を立てられてピリッと痛みが走る。そういえば背中を引っ掻かれたのは久しぶりだ。

 気持ち良さそうに悲鳴をあげて震えるユウを抱きしめて、キュキュッと締め付けてくるその刺激をやり過ごして。

 再び腕時計を見れば、約束の集合時間まで後5分に迫っていた。





[ 20/27 ]

[*prev] [next#]

[mokuji]

[しおりを挟む]


戻る



Copyright(C) 2004-2017 KYMDREAM All Rights Reserved
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -