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近い方の花火会場では、小さな花火と大きな花火を組み合わせて連続して打ち上げていた。どどどどん、と後から音が追いかけてくる。
花火は、近くで見てその音の迫力を楽しむのも良いけれど、遠くから見てもそれなりに楽しめるものだ。そう、今日気付いた。
「弓弦。お前、今日、大丈夫か?」
隣にいる井上に聞こえないように声を低くして、しかし、一之はふと心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
聞かれた意味が一瞬わからなくて首を傾げた俺は、次の瞬間に何を心配しているのかを思い出し、さらに首を傾げて見せる。
「今のところは、眠くならないから大丈夫」
自分の身体のことだけれど、自分ではどうしようもないことだから、俺は現状を答えるしかない。そうか、と一之は頷いて、強く肩を抱いてくれた。その力強さに、ほっとする。
俺には、二つの人格がある。昼の俺と、夜の俺。夜の俺の無節操さを良く知っている一之は、だからこそ、心配しているのだ。そういえば、みんなと花火を見に行きたい、と言ったときも、最初はめちゃくちゃ渋ったっけ。
でも、きっと大丈夫だと思うよ? ここに、一之がいるから。夜の俺も、一之にベタ惚れしてる。それは、昼の、つまり今の俺にも、わかる。俺自身が、心も身体も、一之一人に向いている。目の前に彼がいて、他に手を出すことは、きっとない。
次々とあがる花火を眺めていたら、あっという間に時間は過ぎていて。もうすぐ九時というころ、終わりを知らせる空花火が上がった。
「終わっちゃったね」
そう、しんみりと言ったのは、小石だった。打ち上げ花火を見るのは、初めてなんだそうだ。だから、夜はヤバイとわかっていながら、彼らを誘ったんだけどね。だって、小石を喜ばせてあげたいし。
それから、俺たちは買ってきた二つのチャッカマンを手に、花火セットに手を出した。派手なタイプのものは、井上、園江、遠野の三人に任せて、そっちではしゃぐ彼らを笑って眺めながら、残った四人で手持ち花火に火をつける。
シューと音を立てて、色とりどりの火花が散る。キレイ、と呟いたのは、中井ちゃんの声だった。うん、俺も、キレイだと思うよ。
俺が一番好きなのは、線香花火だしね。あの、儚いがゆえの美しさは、なんともいえない。
どん、とあがる打ち上げ花火は、きっと一度にたくさんの人の目と耳と心を楽しませる。でも、こうしてしゃがみこんで見つめる線香花火は、それを持つ人に、打ち上げ花火以上の感動をもたらす。自分が指先で持っている小さな命。その内に秘めた少ない火薬が魅せる火花の芸術。それは、素敵だと思う。
俺もね、できることなら、多くの人を楽しませる打ち上げ花火ではなく、一之一人のための線香花火でいたい。そんな風に、今は思うんだ。
「わぁ、懐かしい。これ、鉄砲の形」
紙に印刷した鉄砲の先に火薬の筒をつけただけの手持ち花火を見つけて、小石は俺の目の前で、無邪気に笑った。
その笑顔が、とても眩しくて。こんな笑顔を彼に返してあげられた園江を、俺は思わず尊敬してしまうわけで。
でも、その一方で、思わず小石に欲情してしまう自分を感じてしまった。
「……一之。ヤバイ」
「だから、言っただろ。大丈夫、俺がうまく誤魔化してやる。しがみついてろ」
うん。
「ごめんね。大丈夫なつもりだったんだけど」
「気にするな。弓弦は弓弦のままだよ」
俺の欲しい言葉を、ちゃんとくれる、本当に大人な恋人にすがり付いて、俺は安心して目を閉じた。
意識が、遠のいていく。
本当は、俺の知らない俺が、一之に愛されていることに、めちゃくちゃ嫉妬してしまう。俺は俺なのに、その記憶がない。それが、すごく悔しい。
でも、一之はそれをわかってくれていて。夜の俺を抱いた後は、ちゃんと、昼の俺も抱いてくれる。無理にでも時間を割いて、昼間のうちに、俺を求めてくれる。一度に二人相手にして、大変だろうに。どっちも弓弦だから、っていって、俺を安心させてくれて。
いつか、夜の俺も取り込んで、一つの人格になって一之に愛して欲しいって、今はそう思ってる。だから、カウンセリングもちゃんと行っているし、こうなった原因にも向き合ってる。
昼の俺と夜の俺。生まれたときの人格はどっちが正しいのか、俺にはわからない。もう一人の俺に、俺は会えないから。
でも、一之はきっと知ってる。どっちが、本物なのか。教えてはくれないけれどね。
そうだ。今度、一之に聞いておこう。昼の俺と夜の俺、どっちが打ち上げ花火だと思う?って。
きっと、笑ってこう答えるんだろう。
どっちも打ち上げ花火みたいに大きくて、どっちも線香花火のように可憐だよ、って。
恋人がこの人で良かったと思うこと。
二重人格の俺をどっちも愛してくれる人だとか。こんな俺を真剣に大事に思ってくれる人だとか。
きっと、運命の相手なんだと思う。だから、ずっと、一緒にいて欲しい。
これから先も、ずっと、ずぅっと。
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