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side:太陽


 彼に求められた時、俺はその場で押し倒してしまうところだった。

 わずかに残った理性を総動員して、なんとか自分の部屋に連れ込んだ自分を、誉めてやりたい。

 俺の醜い欲望を受け入れて、小石はそれでも本当に幸せそうに、俺の腕の中で甘い泣き声を聞かせてくれた。

 父親に、兄貴に、こんなに心がボロボロになるまで陵辱されてきた奴なのに。俺のモノを受け入れて、嬉しいと言ってくれた。幸せだ、と。

 気を失った小石を見下ろして、その姿が愛しくて何度も抱きしめた。欲しいと思う気持ちは、尽きることを知らなかった。

 今だって、意識のない小石を犯したい衝動に駆られる。そんなこと、人間として許せないので、ぐっと堪えるけれど。

 今この状況で小石が目を覚ましたら、俺は彼をまた抱いてしまいそう。

 きっと、嫌だって言わない気がする。嬉しいって、幸せだって言って、また俺の理性を簡単に切ってくれる気がする。

 今まで幸せなんて知らなかった子供が、初めて知った幸せを貪るように。

 小石の求め方は、そんな錯覚を俺に覚えさせた。

 あどけない寝顔が、俺の錯覚を裏付けた。

 連想していると、また欲しくなってきてしまう。別のことを考えなくては。

 階下に偵察に行くと、家族はまだ誰も帰ってきていないらしい。今のうちに、と、俺は小石の軽い身体を抱き上げ、ついでに散らばした服も抱えて、風呂場に直行した。




 多分、小石がこうして俺を求めてくれたのは、そこに俺がいたからだと思う。

 ほぼ間違いない推測。

 だってそうだろ? 今までずっと暗い箱の中に閉じ込められてた小石が、おいで、って抱き上げられて、暖かい手に抱かれて、暖かな家に招かれて、挙句の果てに好きだって言われれば。

 インプリンティング、ってやつだよ。

 小石は、今まで誰にも求められずに見捨てられていた箱の中の捨て猫なんだ。それを、拾ってしまったのが、俺。

 猫ならともかくね、ただでさえ惚れてた相手に懐いてもらえるなら、俺がそれをまた捨てに行くことなんて、出来やしなかった。

 いいさ。今はまだ、保護者として慕ってくれれば。

 けど。いつか、本当に好きだって言わせてみせる。拾ってくれたから、じゃなくて、小石の欲望として、俺を求められるくらいに。




 さて、風呂場に来たは良いものの。

 そういえば、小石って水恐怖症だったんだ。汗と精液にまみれた身体を洗ってあげたいけれど、きっとシャワーも苦手なんだろうな。

 どうしたものか。

 暖めたバスマットに小石を下ろして、支えてそばに座って、うーんと唸っていると、小石がやっと目を覚ました。

 風呂場なことは一目瞭然だろうけれど。目に見えるところに水はない。

 一瞬強張った身体が、俺を見上げて、ふっと力が抜けた。その変化に、びっくりする。そんなに無条件に気を許したら、俺のバカな息子がまた暴走するぞ。

「なぁ。洗ってやりたいんだけど、小石、水苦手だろ?」

 どうしたら良い? と問いかける。俺を見上げた小石は、問いかけた俺に、にこっと笑って寄越した。

「シャワーなら、我慢できるから大丈夫」

 我慢できる、ってところがなぁ。可哀想だよ。

 でも、他に方法もないし。じゃあ、我慢してもらうしかない。

「自分で出来るよ?」

「ん? ……あぁ、いや、座ってな。っていうか、俺にやらせて」

 なんだかね、甘やかしたい気分。させて欲しいと言えば彼はそれ以上抵抗せずにさせてくれる。

 俺にやらせて、といったら、案の定、こくりと頷いた。

 俺にされるがままになって、シャワーをかけられるときだけ嫌そうに眉を寄せる小石が可愛くて、俺は出来る限りアマアマに、小石を甘やかした。




 その後。

 風呂から出たすぐ後に帰ってきた祖父母は、俺の友達だと紹介すると、ゆっくりしていきなさい、と声をかけてくれた。これなら、泊まって行っても大丈夫だろう。

 祖父母を皮切りに、次々と帰ってきた兄貴と妹は、俺の友達が来ているのを知って、俺の当番になっているタロの散歩を代わってくれた。小石と一緒に散歩にいっても良かったんだが、ここは甘えるべきだろう。

 夜の八時を過ぎて帰ってきた両親には、小石を俺の友達だと紹介した後、ちょっと相談したいことがある、と前置きをした。

 その前置きで、心構えが出来たんだろう。

 いつものように賑やかに夕食を囲んで、食後の一服の時間に、俺はその相談を尋ねられた。別室に呼び出されて。

 そこは、普段はまったく使わない、客間だ。畳敷きで、床の間がある、玄関に一番近い部屋。

 小石を伴って、これこれこういうわけでと説明した俺の言葉を、両親は聞いているうちに段々と親身になってくれた。

 小石の現状は、この両親を動かす程度には重症なはずなんだ。

「それで、陽はどういうつもりで、彼を私たちに紹介した?」

 一通りの話を聞き終えて、理解はしたんだろう。それから、親父は真剣に腕を組み、俺にそう問うた。

 俺の隣では、小石が肩身狭そうに縮こまって、話をただ黙って聞いていた。親父につられて、こちらを見つめる。

 あまりに不安そうな視線だったから、俺はにっこり笑ってやって、小石の頭を撫でた。子供にするように。

「小石を、父親と兄貴の魔の手から、助けたい。そのためには、親父たちに手を貸してもらうのが一番だと思った」

「何故?」

「親兄弟の虐待だろ? それは、親父たちの仕事のはずだ」

 いつだって、夕食の団欒で言い聞かせられていることだ。それが、わからない父ではないと思う。

 ならば、そうやって俺に問いかけるのは、俺の覚悟の程を確かめるつもりなのかもしれない。

 それならそれで、小石のいないところでして欲しいけどな。

「直接窓口に出向いて書類を作らないと、仕事を請けられないというのなら、行っても良いけど。学校、ずる休みするよ、俺」

 お役所気質はどうしようもないから、そんな風に断るなら、親を脅すコトだってしてみせるさ。俺の覚悟は、その程度じゃ揺るがない。

 はっきり答えたことが、親父には良かったんだと思う。

 俺が断言した途端に、親父は表情を和らげた。俺自身が驚いてしまうくらいに。はっきり、人間が変わってる。

「陽の覚悟はわかった。ずる休みはするなよ。申請も、私たちの仕事だ。……さて、小石君といったね。君の気持ちをまだ聞いていないから、答えて欲しい。君は、もう高校生だから、自分から助けを求めることも出来るよね? どうして相談してくれなかったのかな?」

 親父、それ、地雷。自分の方が爆発するぞ。俺だって、小石の誤解を聞いて、思わず笑っちゃったんだから。

「……児童相談所って、子供が相談に行くところですよね? 僕は、もう高校生だから……」

 ちなみに、児童相談所の管轄対象は、一応十八歳なんだ。でも、『児童』じゃね、せいぜい小学生、もっといっても義務教育まで、って思うよな。

 案の定、親父もお袋もその返答には驚いたらしくて、目を丸くして顔を見合わせていた。

 絶対、周知不足だって。対策考えた方が良いぞ。




 ……翌日、学校を休んでうちの両親といろいろな手続きに入った小石は、週末を挟んで月曜日には、学校に出てきた。

 両親が、奔走してくれたんだ。小石の親権を持った母親に事情を説明して、家裁に相談に行って「子供たちは月に一度、一緒に暮らしていない親の家に行って交流を深めること」という約束事を取り消してもらい、虐待による障害で父親と兄を書類送検してもらって。

 今後、父親と兄が再び小石を苦しめることはないだろう。彼らだって、自分の身が可愛いだろうから。前科者にはなりたくはあるまい。

 その間、小石はずっと俺の家に泊まった。母親も納得して了承していて、ひとまずの父親と兄から逃げる避難所として。

 さすがに小石からは言えなくて、人伝に聞いた話によると、そうして虐待に至った最初のきっかけは、やはり中三の時の水かぶり事件だったそうだ。あれで、弟の水恐怖症の度合いがかなり重症であることを知った兄貴が、面白半分に、おしっことか精液とかでもダメなのか、って実験を始めて、エスカレートして、父親まで加わって、こんな事態に膨れ上がったわけ。

 兄弟の好奇心って、遠慮がない分、信じられないことを起こす。もちろん、未だに自分のおしっこや精液を見ることも出来ないくらい、トラウマはきついんだけどね。快感で意識トんでる時だって、俺にしがみついて怖がるくらい。それが、兄貴には理解できないだけに面白かったらしくて。

 後で聞けば、とんでもないことだよ。ホントに。想像力貧弱な人間って、最低。




 あれから、一ヶ月が経った。

 小石自身は、やっぱり控えめで遠慮ばかりする性格のままだけれど、懐いてくれた俺には素直についてくるようになったから、最近俺たちのグループが真の意味で五人組になった。

 社会見学の頃に比べれば、普段から楽しそうに笑うようにもなった小石に、他の三人も嬉しそうだ。

 井上は、どうやら彫刻のモデルを引き受けてもらえたらしい。なんだか、普段の生活から、俄然やる気になっている。

 加賀見は、小石にちょっかいを出すのが楽しいらしくて、その反応を見ては一喜一憂している。

 遠野もまた、友達が増えたことに満足そうで、彼だけは素直に俺を祝福してくれた。本人はノーマルだけれど、頭から否定する気もない、といった立場だ。ま、否定したら、俺と小石と加賀見と、一気に三人の友達を失くすけどな。

 そう。俺と小石の仲も、ちゃんと続いている。ただし、俺は最初からわかりやすいとして、彼の気持ちが未だにインプリンティング状態なのか、恋に変わりつつあるのか、まだわからないのが気になるところ。

 まぁ、いいさ。心の傷は、ゆっくり治していけば良いから。

 ついでに、水恐怖症もゆっくり治してくれて、一緒に海に泳ぎに行ったりできるようになったら嬉しいけど。




 ……それは、無理かな?




Fin...





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