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side:月


 僕の、気持ち。

 答えられるものなら、答えたいと思う。

 園江みたいな素敵な人に好きだって言ってもらえるのは嬉しいし、僕なんかで良いのなら、いくらでもあげたい。

 でも。僕の、気持ち。これは、わからないとしか答えられないんだ。

 良い人だと思う。好きだと思う。

 でも、それって、人間として? 友達として? 恋として?

 わからないんだ。だって、僕は、人に好かれたことがないから、人を好きになることも初めてだったから。

 自分の気持ちがわからないことが、怖かった。自分のことなのに、自分でわからないなんて。そんなこと、ありえないと思っていたから。

「ごめん。まだ、そんな風には考えられないよな?」

 焦らなくて良いよ、って、園江は優しい声でそう言って、クリームも砂糖もいっぱい入れた甘そうなコーヒーを啜った。

 園江が僕を好きだって事は、頭ではわかってる。それが、性的欲求を伴うことも、多分わかってる。

 嫌だとは思わない。むしろ、そんな風に思ってもらえるなら光栄だと思う。

 僕が渡せる僕の気持ちは、ここまで。好きとか嫌いとか、そういう感情じゃなくて、感謝の気持ちだけ。

 これって、失礼だよね。こんなに、苦しそうなくらい、想ってくれているのに。

「さて、じゃあ、これからのことを考えよう」

 そう言って、園江はカップをテーブルに置くと、立ち上がった。ダイニングの棚からメモ帳とペンを取って戻ってくるのを、ずっと目で追う。

 戻ってくる時に、僕と目が合った園江は、何だか照れくさそうにはにかんだ。

「どした?」

 ううん、なんでもない、って、僕は首を振る。振りながら、でも、僕の口は違う答えを返した。

「わからない」

「え?」

 向かい合ったソファに座りかけた彼は、呟いた僕に、びっくりして問い返した。座りかけた格好のまま、行動に一時停止がかかって、何とも不自然な姿勢で。

 それから、何を思ったのか、僕の隣に座りなおしてきた。自分のコーヒーも引き寄せて。

 園江の、スポーツマンらしい逞しい肉体が、暖かな熱と共に僕の隣に滑り込んできて、僕を支えてくれた。

「何が、わからない?」

 聞かれれば、僕の口は僕の思ってもいないことまでも、すらすらと語りだした。

「自分の気持ちが、わからないんだ。園江のことは、嫌いじゃないんだと思う。助けてくれて感謝してるし、好きだって言ってくれるから嬉しいと思ってる。でも、じゃあ、僕は園江をどう思ってるのか、っていったら、わからないとしか答えられないよ」

「でも、嫌いじゃないんだ?」

「好きだよ。人として。でも、その好きって、どういう好き? 隣人として? 友達として? 恋人になりたい? 家族になりたい? それが、わからない」

 今返せる全てが、この答えで。

 わかってくれたのか、どうなのか。園江は、隣にうずくまっている僕を、横から抱きしめてくれた。

 園江の体温が僕を落ち着かせてくれる。抱いてくれる腕が、支えてくれる胸が、僕を安心させてくれる。それが、どういう種類の安心なのか、わからないけれど。心が勝手に落ち着く。

「焦ることないさ。俺を好きだって言ってくれるなら、それがどんな気持ちなのかわかるまで、そばにいるよ。友達として、恋人候補として。そのくらいの希望は、持っても良いってことだろ?」

 良かった、って。何も解決なんてしていないのに、何もはっきりした答えを出せていないのに、彼はそう言って嬉しそうに僕に笑って見せた。それから、抱いてくれた手で、僕の肩をポンポンと叩いた。

「俺さ、嬉しいんだ」

「……え?」

 嬉しいって、何が?

 声に出して聞かなくても、問い返した意味はちゃんと理解してくれて、園江はにっと笑う。

「俺が、好きになった人を助けられるってこと。今、ここにいてくれること。こうして抱きしめても、イヤだって言われないこと」

「そんなことで、良いの?」

「そんなこと、じゃないよ。すごいことだよ。芝田っちだって何も出来なかったこと、俺はちゃんと前に進められるんだよ。こうして抱いていても、小石に嫌がられないんだよ。男同士なのに。それって、すごい事じゃん」

 すごい事、なのかな? よくわからない。

 だって、別に、嫌じゃないし。園江だと、抱かれていて安心するんだ。もっとずっと、ぎゅって抱かれていたい。守ってあげるって、言って欲しい。助けてあげるって、言って欲しい。僕にはもう、返せるものなんて何もないけれど。高望みだってわかってるけれど。

「ごめんね。何も返せないよ……」

「いらないよ? だって、小石を助けたいのは、俺の自己マンだもん」

 ……自己満足?

「……なんで?」

「好きだから。……ま、わかんなきゃわかんないでいいさ。ただ、覚えておいて。俺が小石を助けたいのは、俺の自己満足を満たすためであって、小石のためだけじゃない。だから、もう謝らないで。ありがとうって言って。それだけで、俺はすごく嬉しいし、めちゃくちゃやる気になるから」

 それに、と繋げて、なぜか急に人の悪い笑みを見せた。それが、でも、別に怖くなくて、ただ僕はきょとんとしてしまって。

「本当に何か返したいって言うのなら、俺は小石が良いなぁ。できれば、心付きで。でも、わからないなら身体だけでもね。そのうち心もついてくるかも、って期待するのも意外と良い感じ」

 なぁんてね、とおどけて、園江はくすくすと笑う。

 それは、僕にはとても良いアイデアに聞こえた。本当に僕なんかで良いのなら、いくらだってあげたいし。望んでくれるのなら、応えたい。

 園江に抱かれることが、嫌じゃないと思える。父も兄も、あんなに嫌だったのに。こうして抱き寄せられているだけで、心が安心して。もっともっと、園江の暖かさに包まれていたいから。もっと近くに寄ることが出来るなら、それがどんな事だってかまわない。

「……僕で、良いの?」

「……え?」

 それは、思っても見なかった、というびっくりだった。本当に、冗談だったみたい。でも、そんな冗談が出てくる程度には、本当にそう思ったんだと、思いたい。

「僕で、良い?」

「……小石。で、じゃなくて、が。小石が良いの。っても、あのねぇ。ダメだよ、自分を安売りしちゃ。抱かれるにしたって、本当に好きな人に抱かれるんじゃなきゃ、嘘だろ?」

 まるで諭すように、拒否されてしまった。でも、僕が良いって、それが嘘じゃないなら、希望はあるってことだよね。

「でも、僕、貴方に抱きしめて欲しい。もっと、ぎゅって。もっともっと、近くに行きたい」

「……そんな可愛いコト言ったら、俺の弱っちい理性がプッツンしちゃうぞ?」

「構わない。抱いて。抱きしめて。僕が、欲しいって言って。必要だって言って。抱きたいって言って」

 そう。欲しがられたい。必要だって言われたい。抱かれたい。そのために僕がめちゃくちゃになっても、本望だよ。

 元々、僕は空っぽなんだから。貴方が好きなように中身を詰めて。貴方を、好きだって言わせて。

 貴方に、支配されたいんだ。

 それが、僕のホントの気持ちだった。今更気付いた、本当の。父親でも兄でも、母親でも満たすことが出来ない、僕の欲望だったんだ。

 空っぽの僕を、満たして欲しい。貴方の気持ちで、いっぱいに。




 何が、彼の理性を焼き切ったのか。

 僕にはさっぱりわからなかったけれど。

 飲みかけのコーヒーも、持ってきたメモ帳もそのまま、僕のカバンも彼のカバンもそこに置きっぱなしで、僕は強引に園江の腕に抱き上げられ、彼の部屋に連れて行かれて。

 めちゃくちゃ、幸せだった。

 父でも、兄でもない。でも、逞しい男のモノが、僕を染め上げていく。心を委ねられる相手の、色に染められていく。

 心の隅々まで。たくさんの色で埋め尽くされていく。

 貴方の光に照らされて、見えなかった自分が見えてくる。

 僕を抱いて、嬉しいって言ってくれるのが、幸せ。僕を抱いて、僕にたくさんの欲望を向けてくれるのが、すごく幸せ。

 こんなに幸せで、良いのかな?

 僕なんかが、こんなに幸せになって、良いのかな?

 バチが、当たらないかな?





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