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side:太陽
その方法は、芝田っちに聞いた時には閃いていた。
だって、俺の普段の生活に、深く関わっている問題なんだ。虐待って。
両親共に、児童相談所の職員である上に、見事ビンゴに、その担当なんだよ。立ち入り検査して、必要なら子供を救出して預かって、必要な法的措置の手続きを手伝う。
だから、日常的に、今抱えている問題家庭の話が、家庭団欒の議論の場に提供されてくる。
もちろん、両親には守秘義務があるからね。どこの何さんの家、とまではわからないけれど。このあたりにも問題はあるんだ、っていつも思ってる。
それが、まさか本当に身近にあるとは思っていなかったけれど。好きになった相手が、被害にあってるなんてね。
今回ばかりは、両親の仕事に心から感謝した。
俺は、このツテを借りれば、好きな人を助けられるんだ。
俺の説明を、小石は呆然として聞いていた。
今まで、助かるなんて思ったこともなかったんだろう。喜ぶとか、困るとか、疑うとか、そういう反応すら返って来ない。ただ、呆然としていた。
「俺は、小石を助けてあげたいよ。小石が俺を好きでなくても、ただの友達としか思えなくても、助けてあげたいのは一緒」
最初に聞いたのは、俺をどう思うか、だったから、好きだって言ってくれたら助けてあげる、なんて聞こえているかもしれなくて、そんな風に説明を加えた。
確かに、両想いにはなりたいよ。でも、惚れたはれたは関係なく、小石とはもっと友達になりたい。加賀見とか、遠野とか、井上とかと同じくらい。遠慮される関係じゃなくて、何でも言い合えるくらい、仲良くなりたいんだ。
その足枷になってるなら、それを俺が取ってあげられるのなら、出来ることは何でもしたい。
友達だもの。
「な。助けて、って言って。俺に、助けて、って」
「……で、でも……」
まだ、ぎゅって抱きしめていた彼が、戸惑ったように俺の胸で声を出す。
少し力を弱めたら、遠慮するような仕草で離れようとするから、肩に手を置いてそれ以上離れられないように捕まえた。
俯いたまま、小石は首を振った。
「……迷惑、じゃない?」
「迷惑だと思うなら、そもそも提案しないぞ」
何を言い出すかと思えば。この期に及んでまだ遠慮するし。
「言ってよ。俺が、言って欲しい」
「……ホントに?」
「うん。言って」
「……たすけて……」
よっしゃ。聞いたぞ、その言葉。もう、前言撤回など認めるものか。
「了解」
俺の声が弾んだのは、隠しようもない。だって、嬉しい。俺を頼ってくれるのが。
男ってのは、頼られることに生きがいを感じる動物なんだよ。ホント、そう思う。
まず手始めに、俺は小石の携帯電話を借りた。
呼び出し先は、この後の待ち合わせ相手。すっぽかして小石の立場を悪くするより、嘘でも連絡を入れるべきだった。
もちろん、本人にかけさせるなんてヘマはしない。
『睦月か?』
鳴らした電話に応える声は、想像よりもずっと年上っぽい声だった。一体いくつ離れているんだろう。少なくとも、高校生じゃなさそうだ。
しっかし、いきなり高圧的。やだやだ、こんな兄貴。
「いえ。あの、小石君の友達なんですけど」
『……何の用だね?』
お、声が軟化した。すげぇ、わかり易い。わかり易すぎて、笑っちゃいそうだ。
「小石君が、雨に打たれちゃって辛そうなんで、俺、付き添って帰ります。あの、待ち合わせ、行けないからって小石君が心配してるから、代わりに電話したんですけど」
けど、で止めるあたり、現代の若者っぽくて良いんじゃないの、なんて自己評価する程度には自分には余裕有り。電話の向こうでは、それはそれは驚いたらしく、息を呑む声が聞こえた。
『睦月に代わってくれないか』
「や、それが、無理っぽくて。……え? 代われる? 大丈夫?」
隣では小石が、イヤだ、とはっきり首を振っている。わかっていて話を振ったので、俺は、わかってる、と頷いて見せた。
「ほらぁ、ダメだって、無理しちゃ。すみません、やっぱ、無理みたい」
俺って意外と演技派。一人芝居している俺を見ていて、小石がくすくすと笑っている。向こうに臨場感溢れる状況を伝えるために、あっち見て電話離して謝って、なんて行動をしながらだったから、そんな行動が面白かったらしい。
そうか、と兄貴はがっかりしたような声をした。それが本心なら、心を入れ替えてくれる期待も持てるんだけれど。そんなヤツなら、そもそも、小石を苦しめるような真似はしないだろう。
『わかった。だったら、睦月に伝えてくれないか。後で、見舞いに行くと』
「わかりました。じゃ、これからバス乗るんで」
ブチ。
向こうの反応を待たないで、切るボタンを押した。
まったくね、見舞いになんか来るなっての。まぁ、家に帰す気はないけどさ。
電話を切って、それを小石に返して、お願いを付け足す。次の作業はこれ。
「おばさんに、今日は友達の家に泊まるって連絡して」
「……でも……」
「兄貴に見舞いに来られたい?」
またもや、イヤだ、とはっきり首を振る。当然、わかっていて聞いた。それが理由だ、という意味で。
納得すれば、理由も言い訳も考えられるらしく、小石は今度は素直に母親の携帯電話に電話をかけた。
その後、俺は自分の家に小石を連れて帰った。
今日は祖父母共にゲートボールに出かけているらしくて、家には誰もいなかった。ま、すぐに帰ってくるだろう。
居間に通すと、二人分のインスタントコーヒーを作って、一方のカップを小石に渡した。
ソファには、向かい合わせに座った。
助けてやるために、聞かなければならないことはまだたくさんあった。きっかけとか、その後の経緯とか。
それに、俺がどこまで知っているのかも彼に話さなければならなかった。
俺と彼の認識を合わせて、今後の戦いに備えなくちゃいけない。それには、まず事の経過を順を追って整理しておく必要があったんだ。
でも、その前に、個人的に知りたいこともあった。これは、実に個人的に。
「なぁ、小石」
クリームも砂糖も出したのだが、小石はそのコーヒーをブラックのまま口に運んだ。その格好は、ソファに足を抱えて座って、カップの縁をくわえて、なんていうか、子供っぽい。
話しかけられて、小石は首を傾げる。
「これは、ごく個人的に解決しておきたいことなんだけど。小石の気持ち、教えてくれない?」
付き合って欲しいとか、そういうわけでは全然ない。ただ、今の状態は生殺しって感じでね、生かすか殺すか、はっきりして欲しかった。
希望がないなら、まぁ、未練はたらたらだろうけれど、諦めるよう努力すると思う。希望があるなら、小石が許してくれるまで待つつもりではいるし、待てると思うんだ。
どちらにしても、友達としては付き合っていくつもりなんだけれどね。これはホント、嫌がられても。
小石は、問いかけた俺に、でも、びくっと肩を震わせて、縮こまってしまった。
どうやら俺は、触れてはいけない扉に触れてしまったらしい。やっぱり、この状況では答えをもらうには無理があっただろうか。
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