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 そもそも、春賀と知り合ってから、すでに三年が経っている。片想いを自覚してからもすでに二年が経っている。その間の進展はまるでない。進言しようには、タイミングを逸している。

 では何故この時期なのか。孝虎が不審がるのも当然であった。

「何だ?」

「橘さんのご実家なのですが……」

「清水の田辺組だろ? 知ってるぞ、本人に聞いてる」

 孝虎が先行してそれを告げると、まさしくその情報であったらしく、中村は恐縮してそこに畏まった。

 一方で、付き合いのない他所の組の名が出たことで、同室にいた組長が顔を上げた。

「何事だ、孝虎」

「いえ。最近俺がつるんでるカタギの友人の実家が、清水の暴力団に繋がりがあるって話です。何でも、組長の愛人の子なんだとか」

「跡継ぎ候補じゃないか」

「本人にその気がありませんから、ありえないと思いますよ。田辺組のご一家は子沢山であるらしく、傍流の自分にまでお鉢が回ってくることはない、と断言していました」

 ふふん、と孝虎は自信たっぷりに断言する。つまり、それなりの身の上確認はしていたわけである。その上で、彼をカタギの友人として扱ったわけだ。それは、本人の自己申告に寄るところが大きい。

 それに、何しろその本人が、日本の最高学府である東大の法学部に通っていて、弁護士を目指しているところから、ヤクザの世界に自らが足を踏み入れる可能性は皆無と見て良いわけなのだ。

 そう説明すると、今度は組長も、ほう、と感心した表情をみせた。

「なるほど、弁護士か。それで、父の組を支えようというわけだな。感心な息子だ」

「さぁ、どうでしょうね」

 そこまで突っ込んで話したことはない孝虎だが、単純に考えればそういう結論に結びつくのだろうことは予測がつく。しかし、そこで孝虎は意味ありげにお茶を濁した。

 また、ゲームに戻る孝虎に、組長はその息子の企みまでは読めないものの、頼もしそうににやりと笑う。一方で、中村は真剣に不思議そうな顔をするのだが。

「若」

「ん?」

「橘さんのこと、これからどうされるのです?」

 それは、中村としてははじめての問いかけで。だが、孝虎はその質問の真意がわかったのか、特に動じることもなく、ゲームに夢中になっているように装う。

「別に。友達だよ」

「私は、橘さんでしたら姐御になっていただくのも良いかと思います」

「あはは。それは飛躍しすぎ。それに、お前はその場にいただろう? あの春賀に、そんな話は振れないよ。俺も、惚れた相手を傷つけたくないからね」

「惚れた相手、というところは否定されないのですね?」

「いつも付いてるお前のことだ。とっくに感づいてるんだろ? 惚れてるよ。ベタ惚れにな。でも、本人に言う気はない」

 それから、本人には黙っとけ、と念を押して、今度こそゲームに熱中してしまう。つまり、それ以上聞く気はない、という意思表示だ。

 それ以上突っ込むことを許されない中村は、仕方なく頭を下げ、その場を辞した。

 中村が立ち去った部屋で、組長が息子に話しかける。

 組長にとっては、学歴こそないものの、頭の切れる頼もしい跡継ぎだ。その相手の心のうちを定期的に確かめておくことも、父親の務めだろう。

「その橘ってぇのは、中村が認めるようないい女かい」

「男ですよ、生物学的には。ただ、まぁ、美人ではありますが」

「その男に、惚れた、と?」

「えぇ。ですから、しばらくは女の斡旋は不要ですよ」

「本気なのか」

「本人を傷つけないためには自分の気持ちを押し殺すことも躊躇ない程度には、本気です。あれにはちょっかいを出さないでくださいね。報復には容赦しませんから」

 直接孝虎が手を下さずとも、春賀の実家がそうするかもしれないが、父親への牽制には有効だろう。

 孝虎に念を押されて、組長は軽く肩をすくめ、新聞に視線を落とした。





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