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 そこには、女の子が喜びそうなショッピングモールが出来ていた。目当てはこれだったらしい。
 この不景気で廃業になった倉庫を改造して作られたそこに、多種多様なブランド店が軒を連ねている。扱っている商品は、アウトレット物だけではないらしい。このところのアウトレットブームに逆らうようなモールは、しかし、意外と大盛況だ。

 とはいえ、男二人でやってくるような場所でもない。ウインドウショッピングにしても、わざわざこんな目立つ場所を選ばなくても良いものだが。

「何が良いかな?」

「財布とかハンカチとかが妥当な線じゃないか?」

「うーん。あんまり高くないと良いんだけど」

 どうやら二人の間では前提となる何かが了解事項になっているらしい。それだけ聞く分には実に不可解な会話だ。結局、二人につき従う形でついてく中村が、たまらずに尋ねてしまう。

「何を見にいらしたんです?」

 声をかけられて、二人は背の高い中村を仰ぎ見るように振り返った。孝虎は不機嫌そうで、春賀は少し驚きがにじみ出ている。なんだか対照的な反応だ。

「春賀のお母さんの誕生日なんだそうだ」

「それでね、バイト代で何かプレゼントできないかな、と思って。孝虎って、女の人にプレゼントとか、経験豊富そうじゃない? だから、付き合ってもらったの。ね?」

「おう」

 なるほど、人選としては適任だ。どちらかといえばおばさまキラーな孝虎なら、見事にハートをぶち抜くセンスが、生まれつき備わっている。

 しかし、だ。いくら母親であるとはいえ、他の女性に対するプレゼント選びに付き合わされるとは。孝虎としては、内心複雑な気持ちになっているに違いない。ご愁傷様です、と中村は心の中で手を合わせた。

 春賀の目に留まったのは、いかにも女性物の、腕時計だった。まるでブレスレットのようなデザインで、文字盤も結構シンプルに出来上がっている。

「あ、これ、可愛い」

「あぁ、これは良いかもな。でも、値段が可愛くないぞ」

「ホントだ。ゼロが一個多い」

 その値段から、春賀ががっかりしたように肩を落とす。どうやら、予算は一万円以内であるらしい。

 孝虎の財政なら、そのくらいの値段はへでもないのだが。

 このあたりが、学生とヤクザの違いだ。

 だが、そこを補ってあげようというつもりは、孝虎にはないらしい。あくまでも、対等の付き合い方をするのが孝虎のやり方だ。金銭感覚も、春賀と付き合っている間は、まるで学生並なのである。

 おかげで、孝虎の交際費は、三年前と比べてかなり安くなっている。女性と付き合っていた頃は、そのくらいしか楽しみがない、とばかりに、湯水のように金を使っていた彼である。あまりの変わりように、それはそれで驚いてしまう。

 そんな会話をしつつ、まだ名残惜しそうにそれを眺めている春賀に気づいたらしい。店員が近寄ってきて声をかけた。

「どなたかへの贈り物ですか?」

 急に女性の声がかかって、春賀は驚いた表情で顔を上げた。孝虎もまた、とっさに一般人向けの仮面を被る。普段の表情で、恋人とのデートを邪魔する相手を睨みあげたら、玄人であっても逃げ出してしまうに違いないのだ。

「えぇ。母へのプレゼントを探してるんです。でも、予算が……」

「でしたら、こちらへ回ってみてはいかがでしょう。お値打ちの商品もございますよ」

 どうぞ、と指し示したのは、彼女を挟んで向こう側の通りのショーケースだった。促されるままに行ってみると、確かに値段がぐっと下がってお手ごろ価格だ。どうやら、通りをはさんだ向い側が低年齢層向けのファンシーショップで、それにあわせたレイアウトになっていたらしい。

「ご入用がございましたら、お気軽にお声をおかけください」

 春賀が商品を眺める体勢に入ったのを確認して、店員はそう言ってその場をあとにする。孝虎が不機嫌そうに店員を睨んだせいもあるだろうが、男性はいろいろ口を挟まれるよりは放って置かれたほうが良い、という簡単な心理を把握しているせいだ。近くにいる女性には、事細かに説明をしているところを見ると、そういう方針であるらしい。ありがたい話だ。

「ねぇ、これなんか、良いんじゃないかな?」

「でも、金具のところがチャチいぞ?」

「この値段なら、こんなもんじゃない?」

「だめだって。プレゼントなら、妥協しちゃ」

 良いものだと値段が可愛くない、値段で妥協すると妥協するな、と、なんだか矛盾することを言う人だ。春賀は、そんな風に助言らしきものをする孝虎を見やり、思わず見つめてしまった。

 見つめられて、孝虎が苦笑する。

「他も見てみようぜ。時計って決めたわけじゃないだろ?」

「……あぁ。うん、そうだね」

 促されて、春賀は導かれるままにその場を離れた。





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