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春賀を初めて目にしたときのうちの母親の反応は、まぁ、予想通りの反応だった。
「まぁ〜。カワイイわねぇ。あと十歳若かったらあたしが食べちゃってたわぁ。さすがあたしの息子、見る目あるわねぇ」
おいおい。
わが母ながら、発想がぶっ飛んでるよ。
今日は気分も体調も良いらしく、開け放たれた縁側に置いた揺り椅子にもたれた母の、見舞いに行った俺たちに対する第一声がコレだったわけだ。びっくりして、春賀が目を丸くしている。無理も無い。
俺が、ヤクザの家に生まれていながら、庶民の感覚で生きているのには、この母の影響が多分にある。恋愛観は俺に近しい人が全員一致で認める誠実タイプだし、金銭感覚もそこらの中流家庭で育った大学生くらいの子となんら変わらない。すべては、もともと普通の家庭で育ったこの母が俺にそう教育した結果だった。
ヤクザの親父がこの母を嫁に娶るまでには、かなりの紆余曲折があったらしいが、そもそものきっかけは、あの叔父貴だったらしい。なんでも、組の構成員の末端に連なるチンピラとして事務所に出入りしていた叔父貴に、乗り込んできて厳しく叱責した姉の気風の良さに、親父は一目惚れしたんだそうで。
親父は、元々かたぎの人間だった母をヤクザの世界に染める気はまったくなかったらしく、一家の姐であることを母に要求しなかったらしい。だから、ヤクザの世界を熟知しているわけではない母に育てられた俺の人格の基本は、母に多大な影響を受けているわけだ。
春賀と気が合うのも、ヤクザの血を引いてかたぎの育ち方をした、という共通点から来るのかもしれない。
「良かったわ。孝虎も身を固めてくれたし。もう思い残すことはない」
病状を感じさせないほど矍鑠とした母は、しかし、とても気の弱いことを言って、軽く肩をすくめて見せた。それは、きっと本心なのだろう。独特の優しい目が、俺と春賀を見守っていた。
だがしかし、だ。俺をここまで育て上げた母は、そんな弱気な台詞を吐くようなカワイイ人間じゃないんだよな。
「何言ってんだよ、おふくろ。らしくないぞ」
「痩せても枯れても住吉の姐だよ、あたしは。引き際くらい弁えてるさ」
「だから、それも、らしくないっての。それとな。まだおふくろには仕事が残ってるぞ」
な、と春賀に話を振れば、ここに来るまでに俺の企みは話してあったから、春賀は阿吽の呼吸で頷いた。俺の代わりに、続きを引き受けてくれる。
「お義母様には、私の花嫁姿を見ていただいて、住吉の姐の肩書きをちゃんと譲っていただかなくては」
「……けど、あなた、男の子でしょう? 無理して花嫁衣裳なんて着なくても……」
「孝虎さんが、見たいって言うんです。仕方ないですよ、旦那のたっての希望ですから」
義母のためではない。もともとそういう予定だから。
そんなニュアンスで、春賀はあっさりと俺を悪者に仕立て上げ、くすりと笑って母の笑みを誘った。母もまた、春賀のそんなふざけた物言いに隠された心遣いに、にこりと笑って返した。
「だったら、もう少し頑張って生きなくちゃいけないね。せいぜい急いで挙げとくれよ。あたしの命がもつうちに」
威勢の良い母の精一杯の虚勢に、俺はでも、心底ほっとしていた。まだまだ、頑張ってくれると思えたから。
「春賀さんなら、金襴緞子でもウエディングドレスでも着こなせそうだねぇ。どうするの? 孝虎」
決めたら、どうやら乗り気になったらしい。にやにやと笑って母がそういうので、俺は思いっきり脱力して、肩を落とした。
で、どうするの?と、二人で離れに引き上げてきて、春賀が俺を見返した。
最初は春賀はこの離れに来ることを戸惑ったのだけれど、そういえば春賀の強姦魔(名前なんか忘れたよ)に制裁を加えたのもここだっけ。そりゃ、嫌がって当然かもしれない。
けど、だからといって、家族だけでなく組員たちも自由に出入りができる数寄屋造りの母屋では、俺の部屋に鍵がかからないこともあって、あんなところで春賀とイチャイチャできるわけも無く。
こっちの離れも、もうだいぶ古くはなっているが、ちゃんとした一軒家にできていて、当然風呂もトイレも台所もしっかりしているから、新婚暮らしにはちょうど良いんだよ。昔、先代が健在だった頃は、親父とおふくろと俺の三人で暮らした家だから、俺には思いいれもあるし。
って話をしたら、春賀はため息一つ吐いて了承してくれた。確かに俺は春賀に頭が上がらないけれど、春賀も俺の頼みはだいたい聞いてくれるんだよ。
「どうするって、何が?」
「結婚式。神前結婚? 教会結婚?」
……春賀がこんなに乗り気だなんて、意外だ。
「おふくろのためとかじゃなくて、本当に、挙げたかった?」
「え? 偽装なの?」
「いや、本当に挙げるけど。春賀は恥ずかしがって渋るだろうって思ってたよ」
えっと、だから、あのな、春賀。
何でそんなに意外そうなんだよ?
「かなり喜んでる?」
「うん」
今日の春賀は、なんだかとっても正直で素直だ。いつもが懐疑的でひねくれもので自分を卑下することを通常としている春賀だから、意外というよりは心配になるレベルではあったが。
「で、どっちが良いの?」
畳敷きの居間に引きっぱなしの座卓がでんと置かれていて、お茶を淹れながら俺にそう尋ねてくる春賀は、そういう仕草が手馴れて感じるほどに、今日は精神的に落ち着いていた。
まぁ、宥めすかしてするものじゃないからな、結婚式は。俺たちの記念すべき一大行事なんだから。
「白無垢が良いなぁ。春賀は?」
「孝虎の好きな方で良いよ」
「よし、じゃあ、神前で。明日、指輪見に行こうな」
うん、と来るだろう返事を待たずに、俺は春賀を畳に押し倒した。だって、こんなに素直な春賀、めったに見れないし。嬉しそうに微笑を浮かべて、母がこの家で愛用していた急須で茶を淹れてくれる仕草なんて見ちゃったら、むらむらと来ないわけがなくて。
うわぁ、俺って意外とマザコンだったのかぁ。
そんな風に、再認識してしまったわけだけれど。
「不謹慎だけどな」
春賀の服を剥ぎ取りながら、胸の飾りをくすぐりながら、俺は独り言みたいに言う。
「おふくろが余命短くて良かったよ。春賀に捨てられなくて済みそう」
「……なんで?」
「マザコン」
隠す気もなくて、すんなり答えたら、春賀は途端にぷっと吹き出した。それから、腹を抱えて笑い出す。
そんなに笑わなくても良いだろ、と抗議ついでに抱きしめたら、春賀もまた、俺にしがみついてきて、言うわけだ。
「今更気付いたみたいに言わないでよ」
ってことは、俺より先に気付いていた、というわけで。
もしかして、春賀って、俺が思っているよりもずっと、洞察力に優れているのかもしれない。
また、新しい春賀の一面を認識させられた俺だった。
これからも、気がつかなかった相棒の一面を、ふとした時に見つけて、こんな風に感動するんだろうなぁ、なんて思ったら。急に将来が楽しみになってきて、俺は春賀の首筋に顔をうずめながら、くっくっと笑うわけで。
「性悪だよなぁ、春賀」
「それも、今更だよ。……あんっ、ちょっと、こらっ……あぁっ」
弱いところをかじられてしなやかに背を反らせる春賀の腰を抱き寄せる。
「愛してるよ」
耳元に囁いて、耳たぶにかじりつく。返答は、甘い声で代用、だった。
うん。満足。
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