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「っていうわけだ。他に質問は?」
長々としゃべりにしゃべって二時間。そうやって締めくくって、思わず欠伸が出た。
なにせ、今日は開店初日。午前中に起き出して動き始めて不休で頭がフル回転状態なのだ。いい加減疲れもする。
問いかけを受けて、春賀は少し考え込んだが、やがて首を振った。
「大体わかった。なかなか複雑なお家事情だね」
ん、まぁ、わかってもらえたなら良いんだけど。
って、良くあれだけの話をメモも取らずに覚えられたな。それ、大丈夫なのか?
「でもさ、だったらなおさら、男の嫁なんて、紛争のネタじゃない?」
ってことは、理解できているらしい。ちょっぴり感心。さすが東大法学部卒。頭のデキが違うわ、やっぱ。
「そうだよ。だから、渋ったろ? たっぷり三年も」
「……そうでした」
自分が強引に俺に誘いをかけたのは、自覚しているらしい。まぁ、おかげで俺は実に幸せだし、春賀を守るのに命を掛ける覚悟ならとっくにできているから、どうってことは無いんだけどな。
「俺、悪いことした?」
「全然。幸せだろ? なら、問題なし。困難は、二人で切り抜ければ良いことさ」
「ホントかな」
「本当さ。健やかなる時も病める時も、互いに助け合って愛し合って生きていくのが、夫婦ってもんだ。だろ? 神父さんの常套句」
教会で結婚式を挙げたら、まず間違いなく通過する問答文句を平気で口にしてやれば、春賀は思ったとおり顔を真っ赤にして照れて俯いた。ほんっと、素直なんだから。
「で、夫婦なら、ちゃんと夜の営みもこなさなくちゃね?」
いや、確かに眠いんだけどさ。それとコレとは話が別。最近忙しくて、こうやって面と向かって話をするのも久しぶりなんだ。
けど、下心丸出しの台詞を吐いた途端、どうやらそれが春賀の理性を取り戻してしまったらしくて、呆れたようにため息を吐かれてしまった。
「疲れてるんでしょ? 明日早いんでしょ? もう寝なさい」
「……はい」
いや、えっと、あの。まぁ、春賀には勝てないわけよ、俺は。惚れた弱みって奴なんだろうなぁ……
店の裏で居眠りしていたせいなのだろう。
春賀が風呂から戻ってくるまで待てずに眠りこけてしまった俺は、隣にぬくもりが入り込んできたことで目が覚めた。
まだ残暑の厳しい時期だから、家にいる間は一日中、気温を一定に保っている。だから、春賀を抱きしめても別に暑くはないし、人肌が気持ち良い。
春賀も、状況が許す限り、俺を抱き枕にして眠る癖がついているから、俺が抱き寄せてやると、自分からも俺に腕を回してしがみつくようにして目を閉じた。
寝巻き越しにでも、春賀がすっかり安心して俺に身を預けているのがわかるから、下手な手は出せなくて、目が覚めてしまった下半身を何とか宥める。ついでに、気を散らすために、眠りかけの春賀に話しかけた。
「なぁ、春賀」
「……ん〜?」
目を閉じたまま、甘えるような声で聞き返す春賀に、俺の好き心が刺激されそうなんだが。そんな俺の内心の葛藤を知ってか知らずか、大人しく萎えたままの春賀自身を俺の似たようなところに押し付けて、細い足が俺の片足を絡めとって、しっかり眠りにつく体勢。まいったな、本当に。
「ありがとうな」
「なぁに? 突然」
きょとん、とした春賀の顔に、俺はあんまり可愛くて笑ってしまったのだけれど。おかげで、むに、と両の頬を引っ張られた。
「……いひゃい」
「変なこと言って、急に笑うからでしょ。もう、わけわかんないよ、孝虎」
本気で怒ったわけではないらしい。その証拠に、怒って見せているわりに、俺に絡み付いてくる。気持ち良さそうに。
初秋とはいえ残暑厳しいこの時期に、湯たんぽ代わりというわけでもなさそうだから、たぶん甘えてるんだろう。そういう仕草をすると、可愛いんだよね。
「何なの? 今しなくちゃいけない話?」
「……義務ではないけど、したい話」
「ん〜。後にしようよ。ねむ……」
俺の肩に頬を摺り寄せて、もうたぶん半分寝ちゃってるんだろう。耳元に聞こえる呼吸が、寝息に聞こえる。
あ〜。人の寝息って、眠気を誘うよなぁ。
目が覚めたとはいえ、俺もやっぱり疲れていて、誘われて眠りに落ちていきながら、囁くように春賀の耳元に呟く。ほとんど春賀に聞こえていないのは承知のうえで。
「おふくろが生きてるうちに、式、挙げよう。な、はるか……」
春賀がそれに「うん」と答えたような気がしたのだけれど。
もうすでに夢の中の妄想かもしれない。
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