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 裏口を出て行く山梨を見送って、春賀はまだぼんやりしたまま、俺を振り返った。そして、首を傾げる。

「どうして急に?」

「……急じゃねぇよ。前々から、いつ言おうかって考えてた」

「だったら、そんなに焦らなくても良いじゃない? 俺だって、心の準備ってものが……」

「そう、それは、悪かったと思ってる。ただな、おふくろの病状が悪くなってるんだ。あと一ヶ月ももたないだろうって、医者に言われて、焦った。嫁の顔、見せてやりてぇんだ。あとのことは心配すんなって、安心させてやりたい」

 本当なら、家に帰ってゆっくり説明したいところだったから、これまた予定外だ。どうも、春賀を口説く時ってのは、いつでも予定外の事態に陥る。先行き不安だぞ、俺は。

 おふくろの病気のことは、今まで言う機会も無くて説明していなかったから、余命一ヶ月という事実にこれまた驚いた春賀は、沈痛な表情を隠さなかった。

「そういえば、まだお会いしてない。女将さんに。今は、入院中?」

「いや、実家にいるよ。本当なら、完全看護のホスピスとかに入れてやりたかったけど、ヤクザもんにそれは贅沢な話だ」

「そうなんだ……」

 ホスピスという単語に、これまたショックを受けたらしい。項垂れて、俺に抱きついてくる。俺を慰めてくれているつもりなんだろうが、俺自身はこれで半年くらい前にとっくに覚悟がついていたことだったし、何しろ春賀の華奢な身体では、どうにも立場が安定しなくて。

 頬に軽くキスしてやったら、くすぐったそうに笑った。

「明日、昼間に一度、帰ろう? 部屋、ヤマちゃんに貸すんだったら、慌てて引越しすることも無いし。着替えと貴重品だけ持って行けば、しばらく暮らせるでしょ?」

「良いのか?」

「早い方が良いよ、そういうことなら。でも、女将さん、ショック受けないかな? かわいいお嫁さんを期待してただろうに、こんな男なんかで」

 また言ってるよ、こいつは。春賀はうちの親父が目の前で認めた俺の妻なんだぞ。何度言い聞かせたらわかるやら。

「あのな、春賀。俺が選んだ姐が男だって話はうちの組じゃとっくに知られてる話だし、春賀のことはうちの叔父貴が気に入ってて、俺の嫁にしろって去年は散々言われてたし、おかげでおふくろまで俺にせっつくしで、去年の夏は大変だったんだ。……って、春賀に話しなかったか?」

「聞いてない。叔父さんって?」

「中村。うちのおふくろ、旧姓中村なんだよ。散々一緒に動いただろ?」

 あぁ、ってことは、もしかして、中村が俺の後見人になってることも知らないだろ、春賀。もう少し、俺に興味持ってくれよ。

 へぇ、って今更感心する春賀に、俺はがっくり項垂れた。

「今夜は、春賀の勉強会だな。『住吉組』について」

 決定。今夜は眠れないぞ、覚悟しとけよ。





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