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 客の入りは、初日から上々だった。

 たぶん暇をもてあますだろうと思っていた山梨も、フロア係一人きりでてんてこ舞いになっていて、まぁ、嬉しい悲鳴ではあるのだけれど、俺一人裏で少し寂しかったりもする。

 仕方がないので、夜遅くなったこともあり、寝るつもりもなく横になっていたらいつの間にか眠っていたらしい。ゆさゆさ、と揺り起こされて気がつけば、掛けていた覚えのないタオルケットを掛けていた。誰かが掛けてくれたらしい。ありがたいことだ。

 目を覚ました目の前には、春賀と山梨が二人、立っていた。

「もうみんな帰っちゃったよ。眠りこけちゃって、そんなに疲れてた?」

「退屈だったんだよ……」

 くすくすとからかうように春賀が笑うから、思わず言い返してしまったが、それって、自慢できる言い訳じゃないな、と言ってしまってから気付いた。おかげで、山梨まで大受けだ。

「オーナー、今日、俺に何か話ししたがってませんでした?」

 出会ったその日こそ、二つも年上の山梨は普通にタメ口だったものの、雇うと決めてからこちら、彼は俺をオーナーと呼ぶ。つまり、俺と彼の立場はオーナーと雇われ人、というわけだ。

 そんな線を引かず、気の置けない友人として付き合ってくれれば良いのに、と俺なんかは思うわけだが。まぁ、春賀と仲良くやってくれれば、俺はまぁ、良いか、と思わなくもない。

 そんな彼は、しかしまぁ、実に察しが良い。俺が話しかけたがっていたのに、あれだけ忙しく立ち回っていて、気付いていたらしい。その気の回し加減は、彼の持ち味なのだろう。将来良いカウンセラーになるだろう。俺が保証するよ。

「あぁ、そう。ちょっと、ものは相談なんだが」

「相談? 俺に?」

 そう、と頷いて、しかし、俺の視線の先にいるのは春賀。

 何しろ、山梨にしたい相談は、春賀にも無関係ではなくて、というか、春賀が首を縦に振ってくれなきゃ、相談にならないのだ。が、まぁ、後で良いか、それは。

「今、俺と春賀が住んでるマンションなんだが。お前、引っ越してこないか?」

「はぁ? 二人の愛の巣に居候しろって?」

「いや、どちらかというと、留守番」

 頭の中を?でいっぱいにした山梨が、怪訝な顔で俺を見る。で、俺はその山梨の表情に受けて笑うわけだ。何もそんな、きょとん、という目をするほどの突拍子もないことを言った覚えはないんだが。

 ……俺と春賀の関係を知っている山梨からすれば、十分突拍子もないか。その前提もまだ話していなかった。

「いや、まぁ、俺が買った時点ですでに古くなってた中古マンションだけどな、とはいえ、空き家にしておくのも物騒だし。社宅扱いでいいぞ。家具家電付き、家賃格安で天引き。どうだ?」

「オーナーと春賀さんは?」

「その話をな、まだ春賀にしてないんだ。だから、現時点では春賀の返事待ちになる」

「? だから?」

「実家に春賀を連れて行こうかと……」

「……あぁ。じゃあ、留守番っていっても、もしかしたらそのままずっと?」

「山梨の都合次第だがな。期限未定だ」

 なるほどねぇ、と頷いたところを見ると、どうやらようやく理解できたらしい。もちろん、わかりづらい説明の仕方をした俺が悪いのはわかっているから、理解してくれたことにほっと一息だ。

 一方の春賀は、俺の企みを初めて聞いて、びっくりして俺を見つめていた。

 確かに突然の話だけれど、でも、プロポーズはすでにしていて受けてもらっているし、俺の親と同居することに大した障害はないはずなのだけれど。相変わらず、俺の本気をまともに受け止めていない奴だ。困ったもんだよ。

「山梨。どうする?」

「良いよ。わかった。俺にデメリットはまったくないし、っていうか、助かるしな」

 まぁ、そうだろうな。交通の便は悪いとはいえ、東京都内に1Kのアパートを借りて、学資金をためながらのバイト生活じゃ、生きていくのにいっぱいいっぱいだろうし。今のアパートの家賃より安くはなるはずだ。

「後ははるかさん次第。引越しの準備しておくよ。で、俺の話はそれだけ?」

「あぁ、それだけだ。お疲れさん」

 たぶん、話が終わったら帰りたい、というところなのだろう。山梨は、ホントに、睡眠時間が限られている生活をしているから。気の毒に。

 と思って返したのだが、その俺の返事に、山梨は苦笑を返した。

「ほら、まただよ、オーナー。はるかさんが先でしょ、その話は」

 俺を咎めるようにそう言った山梨に、俺は思わず頭が下がった。何しろ、出会いからして怒られてるからな、俺は。春賀以外では唯一頭の上がらない相手だよ。

 今回の件は、俺も悪かったのは自覚しているから、神妙に頷いて返すわけで。

「わかってるよ。ちょうど悪い具合にタイミングが無くてな。今日を逃すと、次に山梨に会えるのは、たぶん一週間後だ。できるなら早めに話をしておきたかったのさ」

「ふぅん。まぁ、俺は構わないけど。じゃ、俺、帰るね。はるかさん、また明日」

 ひらひら、と手を振って、山梨は実に飄々と帰っていった。





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