Shall We get married? 1




 何が驚いたって、今まで生きてきてこれこそもっとも驚異的な事態と言えるさ。

 だって、あの春賀が、ねぇ。

 いや、仕事と割り切れば、人間、何だってできるもんなんだなぁ、とつくづく感じるわけで。

 ゴールデンウィークから長々と時間をかけて、着々と準備を整え、裏で客引きに精を出し、ようやくのことで開店に漕ぎ着けたのは、8月31日のことだった。

 俺自身は、今までどおりの自分の仕事に加え、見知った先への営業やら、他の店で注文を出している卸売業者への根回しやら、裏方の仕事で手一杯だったから、表の仕事は春賀と山梨と大江に任せっきりだった。ちなみに、大江というのは、別の系列のバーから引き抜いてきたベテランのバーテンダーだ。水商売については、3人の中で一番経験値が高い。

 もっとも、初顔合わせになった7月はじめでこそ、大江に手取り足取り教えられていた二人は、あっという間に仕事を覚えたそうで、最近では大江がことあるごとに二人を絶賛しているから、きっと采配は間違っていなかったのだろう。それは、大江という男が信用の置ける男であるからこそ、安心して任せていた。

 店に所属するホストたちは、全員、系列のクラブに研修兼アルバイトに出した。すべて、本物の女たちの園だ。そこで、男だとバレたら減給、と言い渡して修行に出しただけあって、一人もぼろを出さなかったから、これも人選は成功だったと思う。

 と、まぁ、準備は万端なのだが。

 それにしても驚いたのは、春賀のその変わりようだった。

 開店当日の午後。

 本来の開店時間より3時間も早く職員を全員集めて、ミーティングを開いたわけだが。

 店長として、前に進み出た春賀の第一声に、俺は度肝を抜かれたわけである。

「では、みなさん。お客様方に気持ちよくご贔屓いただけるよう、心を込めたおもてなしをモットーに、頑張っていきましょう。よろしくお願いします」

『よろしくお願いします』

 って、ここにいるのは全員男なのに、春賀を含め、一人として濁声がいないというのは、どういうわけなんだ。そもそも、いつの間に女言葉を覚えたんだ、春賀よ。

 とてもとても突っ込みたくて、でも、誰も違和感を覚えていないらしいところから、俺一人そこに言及するのもおかしな話で。

 結果、とにかく驚いたものの、驚いたままで、現在やるべきことを先に進めるしかないわけで。

 ミーティングが終わってから、全員を清掃と開店準備に分散させて、俺は春賀を控え室に引っ張り込んだ。

「春賀。お前、いつの間にその言葉覚えた?」

「っていうか、あのね、孝虎。そのために、今まで散々、いろんなお店に連れてってもらったんでしょ。あれだけいろんな種類のママさん見てたら、参考にするには十分でしょ」

「いや、だからな。それって、見て回ってただけだろ? 確かに参考にはなっただろうけど、今日ぶっつけ本番、大丈夫なのか?」

「ぶっつけ、ってほどでもないよ。ここ一週間くらい、家にいる時以外は全部性別詐称で通してるし、ベテランの明菜さんのお墨付き。ヤマちゃんも、これならOKだって」

 えっへん、と作り物の胸を張って、春賀がそうからくりを教えてくれた。にしても、化けすぎだろ、と思うのは、男な春賀を良く知っているせいなのだろうか。

 と、店のほうから声がかかった。

『はるかさ〜ん。ちょっと来て〜』

 しなを作ったその声は、春賀が今名前を口にした、俺が引き抜いてきた従業員たちの中でもコンセプトにしっくり合ったベテラン美人の明菜だ。実を言うと、春賀をママに据えてから引き抜いてきた逸材で、一年くらい春賀とツートップでやってもらって、後は任せようかと思っている相手だ。

 まぁ、なにしろ、しばらく暴力団お断りの店で働いていた人だから、俺と付き合う距離感がまだ掴めていないらしくてね。恐がられてるんだ、これが。

 俺、そんなに恐いかなぁ?

 明菜に呼ばれてそそくさと出て行く春賀の色っぽい後姿を見送って、俺は首を捻るわけだ。





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