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そう思っていたら、どうやら孝虎もそう思ったらしく、そうだ、と手をたたいて、こんな提案をした。
「居酒屋のバイトは、ずっと続けるのか?」
「ん? いや、もっと実入りのいいところ探して早々にやめる予定だけど?」
「だったら、うちで働かないか? 今度新しく出店するクラブがあるんだが、そこのオープニングスタッフを探している。あんたなら、体格もいいし度胸もあるし顔も申し分ない。見習いのうちは難しいが、開店までに仕事を覚えてくれたら、給料も弾むぞ」
また新しいお店を出すのか。俺はその話は初耳で、隣で、へぇ、と聞いていた。山梨氏も、まさかこんなところでスカウトされるとは思っていなかったのだろう、びっくりした表情を見せる。
孝虎の話はまだ続いた。
「良かったら、住むところも世話しよう。銀座にシック路線でホストクラブを作るんだ。ただし、男向け」
「ゲイバーってやつ?」
「従業員は全員男だが、普通のクラブと変えるつもりは無い。ホストは美貌と教養を兼ね備えた者を引き抜いてくる予定だ。そんな場所だからな。ウエイターはボディーガードも兼ねられて、理解があって、そこそこの顔と教養があって、さらに従業員に手を出さない奴が理想だ」
「その条件、結構厳しいッスね」
「だから、あんたをスカウトしたいのさ。これを厳しいって言えるなら、店を任せるのにも申し分ない」
「で、店長は?」
「オーナーは俺。ママは未定だ」
「本当にまだ計画段階なんスね」
「テナントは押さえてあるさ。組長の了承も取り付けた。開店は再来月。従業員も大体そろってる。ただ、店長を任せられる人材が無くてな」
困ったもんだ、って感じでため息をつく孝虎を、俺はなんだかとってもびっくりして見つめてしまったけれど。ふぅん、と答えながらも、なんだか山梨氏も乗り気の様子で。
それから、なぜだか山梨氏は俺に視線を向けた。
「店長、はるかさんってどうでしょうね?」
「春賀か? 無理だろう。弁護士ってのは、忙しいだろうし」
「でも、まだ研修中って事は、就職してないんでしょう? それに、教養も美貌もかね合わせてるし、オーナーの恋人なら経営上の問題もすぐ解決できるし。適任だと思うけどなぁ?」
あのね、山梨さん。そんな風に孝虎をたきつけないでくれるかな? 無理だって、俺には。確かに、研修が終わってからすぐに忙しくなる予定ではないけどさ。
そんな山梨氏の提案が、孝虎にも妙案に感じられたらしい。そのまま、俺に視線を向けた。いや、だからね、無理だって。
「春賀。どうだ?」
「無理」
「最初の五年だけなら?」
え? 期限付き?
「もちろん、春賀には弁護士の修行もしてもらわなくちゃいけないしな。無理にとは言わない。忙しくなって来る前に、代わりを見つけてくる。だから、最長でも五年間。やってみねぇ? うちのやり方を覚えてもらう意味でも、意外と良い案だと思うぜ、俺は」
「俺、はるかさんが店長なら、引き受けても良いと思うよ。なんか、さっきの口ぶりじゃ、ホストクラブだか銀座に店を出すことだか知らないけど、何か初挑戦なんだろ? できるだけ、堅実なところで働きたいからな」
「現実的だなぁ、山梨」
「そりゃ、いろいろ経験してるからね。石橋でも叩いて渡る主義よ、俺」
「それは頼もしい。……な? 春賀。やってくれないか?」
うーん。俺って、孝虎のお願いには弱いんだよなぁ。参った。断る理由が見つからない。確かに、住吉組の、っていうか、孝虎の店舗経営を覚える意味でも、有効な手段ではある。
「……再来月だっけ?」
「やってくれるか!?」
「うまくできるとは思えないけどな」
「大丈夫だって。俺も山梨もついてるし。な?」
「何だ、俺、はるかさんのサポート役?」
「山梨が提案したんだろ?」
「まぁねぇ」
なんか、いつのまにか孝虎と山梨氏は意気投合しちゃってるし。困ったなぁ、もう。
「しょうがない。本当に、ママが見つかるまでだよ?」
「わかってるよ。ありがとう、春賀。恩に着る」
「じゃあ、今夜はこのままうちに帰る?」
「バカ。久しぶりに帰ってきたのに、留守番してろなんて、言うわけないだろ。寝かせねぇから、覚悟しとけよ」
「ちょっ、もう、孝虎ってば。山梨さんが聞いてるじゃない」
「はいはい、ごちそうさま」
よくよく考えてみれば、そういえば俺が振った話に孝虎は便乗しただけなのだが、思わず慌ててしまった俺に、はたで聞いていた山梨氏は、けらけらと楽しそうに笑ってそうからかってくれた。
のちに、ヤマちゃん、とあだ名で呼ばれるようになる彼は、聞いた話によると、歳の離れた弟に恋をして勘当になっている立場で、そのせいで同性のカップルにも特に嫌悪感はないのだそうだった。自分がそうだから、というのも、案外嘘ではなかったらしい。
勘当になって三年が経っても今でも忘れられないそうだから、一途な人なんだと思う。そんなに思われている弟さんが、なんだか羨ましくも思う事情だった。
ひょんなことで俺の命を救ってくれた人は、恋にも夢にも一途に頑張る熱意の人で、俺も孝虎も、そんなに頑張る人だからこそ、できる限りに応援の手を差し伸べることになるのだが、これはその、きっかけのお話。
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