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 駅を出ると、俺たちは同時に立ち止まった。

「何食いたい?」

 立ち止まった理由はそれらしい。そう言われても、まだ時間が早いせいで、全く食欲がないから、思いつかないけど。

 そう思って困っていたら、山梨氏はその間も周りを見回していたらしく、お、と声をあげた。

「あそこ、行こうぜ。定食屋。うまいし安いし量がある」

 その選択は、本気でこの誘いに他意が無いことを証明していた。定食屋なんて、飯を食う以上の意義は無い。

「次のバイトって?」

 歩き出しながら、俺はさっきの会話で引っかかったところを問いかける。質問の意味を一瞬考えて、山梨氏は初対面の俺にはぐらかしもせずに答えてくれる。

「ん? あぁ、えぇと。七時から。この近くの居酒屋でホール係だよ。まだはじめたばかりで慣れないんだけどな。一緒に働いてる連中も、いまいち仕事に身が入ってなくて、職場環境がよくないし。良いバイト先、ないかなぁ? 実入りがよくて、夜からの数時間だけのバイト」

「難しい相談だね」

「まぁな。でも、稼がなきゃいけないし、毎朝六時起きだから日が変わる頃には家にいたいしな」

「昼からの仕事にすれば?」

「だめ。昼の仕事メインだから。それだけじゃ、収入が心もとないんだよ。大学院に行きたいから、金稼いでんの」

「大学院? それはすごい」

「だろ? 奨学金も考えたんだけどなぁ。あれって、返さなきゃいけないじゃん? 将来わかんないから、それも不安なんだよなぁ」

 まるで世間話のように、彼は自分の将来を語った。もしかしたら、行きずりの相手だからこそ、なのかもしれない。

 駅の入り口からターミナルを挟んだ反対側の定食屋にたどり着いて、彼がその自動ドアのプッシュボタンに手を伸ばしたときだった。

「春賀っ」

 少し離れたところから、聞きなれた人の声。幾分焦った様子で、小走りにこちらへかけてくる。

 俺の名が呼ばれたことで、それが知り合いであることは察しがついたのだろう。店に入りかけていた山梨氏も、こちらに戻ってきた。

「知り合い?」

「……同居人」

「なんだ。彼氏がいるのか。だったら、死のうとなんてするなって」

「気持ち悪い、って思わないの?」

「俺自身が男に惚れてりゃあな。……にしても、怖い雰囲気の彼氏だなぁ。遊ばれてんじゃないの?」

 なんだかもう、問題発言と爆弾発言を連発しつつ、彼はテンポよく俺と掛け合いをする。その最後の方を、孝虎も聞きつけたらしい。まったく、運の悪いことに。

「てめぇ、何モンだよ。春賀に手ぇ出してんじゃねぇっ」

 どかっ。走ってきた勢いとともに、孝虎の拳が山梨氏の頬にめり込んだ。あまりに突然のことで、俺が制止に入る隙もなかった。山梨氏は殴られたまま、後方に吹っ飛ばされる。

「えっ、ちょっと、孝虎っ! 何してるのっ!?」

 尻餅をついた山梨氏に馬乗りになって、さらに殴ろうと拳を振り上げるから、俺はようやく、大慌てでその振り上げた腕を押さえ込んだ。
 今更ながら、孝虎の力強さを思い知る。腕一本を、俺は両手で抱え込んで、それでも振り払われそうになる。守られているときは心底安心できる強さも、こうやって怒りに箍が外れてしまうと、脅威でしかない。

「離せ、春賀。お前も、こんなやに下がった奴に口説かれて嬉しそうにしてんじゃねぇ」

「そんなんじゃないって。落ち着いてよ、孝虎。その人は、恩人なのっ。恩をあだで返す気っ!?」

 どんなに頭に血が上っていても、決して俺には暴力を振るわない孝虎は、腕を振って俺を振り落とそうとしていた。が、恩人の一言に、はたとわれに返ってくれる。

「……恩人?」

「そう。ホームから線路に落ちそうになってたのを助けてくれたのっ」

 動きを止めた孝虎に、俺はそう、畳み掛ける。疑わしげな表情を、孝虎は俺ではなく自分が殴り飛ばした相手に向けた。つまり、俺の言うことは100%信用することができないという意味だろう。失礼な奴。俺が孝虎に嘘なんて言うわけが無いのに。

「本当か?」

「……無気力な自殺に近かったな」

「……すまん。立てるか?」

「立てるから、とりあえずそこをどいてくれ」

 何で、俺の言葉よりも初対面の人の言葉を信用するのかな、孝虎は。ちょっと、納得がいかない。

 さすがに自分を殴った相手の手を借りる気は無かったようで、山梨氏は自力で立ち上がり、ズボンについた土ぼこりを払った。その頬にはくっきりと真っ赤に殴られた痕がある。これじゃ、居酒屋のホール係は無理だろう。

「あぁ、痛ぇ。力いっぱい殴られるなんて、いつ以来だろう」

「本当に、すまない。この落とし前はつけさせてもらう。何でも、請求してくれ」

 似合わないくらいに深々と孝虎は頭を下げ、山梨氏はそんな詫びの入れように苦笑で返した。

「んなことはいいけどよ。とりあえず、移動しねぇ? こんなところにいたら、店に迷惑だろ」

 こんな状況でも、山梨氏の言葉は実に現実的だった。





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