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俺が座ると、春賀はその腕に自分の腕を絡めて、身体を寄せてきた。っていうか、いつもはそんなことしてくれないから、親父さんに見せ付けるためなんだろう。
あのな、春賀。自分の父親を挑発してどうするんだ?
「春賀?」
「引き離すなら、自殺してやるから」
……おいおい。怖い脅しだなぁ。
そういや、春賀の二の腕にデカイ傷跡があるんだよ。何か事故にでも巻き込まれたんだろうと思っていたけれど。自殺、が脅し文句になるなら、何か彼らの中に深い事情があるのかもしれない。
後で聞いておこう。
「春賀。まだ引き離すとは言っていないだろう」
「言おうが言うまいが、関係ないでしょ。先に宣言しておきますから。俺は、彼に一生付いていくつもりです。だから、何を言われようと応じません」
「……住吉、といったか。春賀を、一生面倒見る覚悟があるのか?」
春賀を説得するのは、とりあえず諦めたらしい。問いの矛先が俺に向いてきた。
しかしまぁ、それはこの場で愚問ってやつだと思うんだけどな。一生共に歩もうと思わなくちゃ、結婚しようと思わないぞ、まず。
「どちらかといえば、面倒を見てもらうのは俺の方かと思いますが。生涯を共にする伴侶として、迎えたいと思っています」
「春賀は、確かに俺の子だが、カタギだ。こいつを巻き込むことに、穏健だとか言うあんたの良心は痛まねぇのかい?」
「もちろん、悩みました。というか、彼が言い出してくれなければ、この気持ちは闇に葬ったでしょう。春賀が、俺の気持ちに気付いてくれて、長いこと悩んで結論を出してくれたから、こうして隣にいます。引き込んでしまったからには、俺には、彼を守る義務があります。それに、彼を守るのは俺の権利だと思っています。春賀を純粋なヤクザ者にするつもりはありません。彼には、弁護士として辣腕を振るって欲しいし、その芽を摘んでしまうことは、俺にとってもこの世の中にとっても大変な損失だと思います。それに、実際彼が自分の仕事に誇りを持っているうちは、俺はその手助けをしてやりたい。うちとしても、きっと今後彼には世話になると思います」
「つまり、顧問に迎えると?」
「そのつもりです」
もう一つの事実を、はっきりとではないが口にすると、今度こそ親父さんは表情に怒りを浮かべた。
それはそうだろう。自分の息子を、他の組の法的な守護者にする不利益の上に、顧問弁護士というのは意外と命の危険が伴うのだ。敵対暴力団に命を狙われる確率は、俺とほとんど同じくらいだろう。それを、諸手を挙げて歓迎する親がどこにいる。
ちなみに、その心配は俺も親父さんと同じくらい心配に思っている。だから、春賀をうちの姐にしてしまおうと思った。それなら、公然と護衛が付けられるし、春賀自身に箔がつく。俺の報復が恐ければ、下手に手を出されることもないだろう。後は、俺の問題だ。
春賀を、命をかけて守ろうと、心に誓った。春賀が、うちの顧問に雇ってくれ、と言い出したときから。顧問弁護士としても、俺の恋人としても、うちの姐としても。
「春賀の命を盾にする気か」
「その時は、地獄を見るのは俺の役目です。春賀には、生き延びてもらいます。そのためにも、親父さん、貴方に認めて欲しい。こいつの、逃げ込み先になれるように」
これは、春賀にも言っていない。きっと、反対されると思ったから。けれど、必要なことだ。春賀の実家が同業者なら、春賀を守って欲しい。俺の手が足りない時は。
俺の覚悟を、受け取ってくれたのだろう。そうか、と小さく呟いて、親父さんは深いため息をついた。
春賀は、初めて聞いた俺の覚悟に驚いた表情をしたが、それから、俺を咎めるでもなく、ただ俯いてしまった。
また、なんか余計なことを考えてるな。もう、自分のことになると急に後ろ向きになるんだから。
もっと堂々と、俺の相棒でいて欲しいのに。立場の違いって、恋人同士でもかなりデカイ。
「あんたの覚悟はわかった。反対はしない。反対すれば春賀が俺と口を利いてくれなさそうだしな。だが、それ以上のことはもう少し考えさせてもらおう」
「良いお返事をお待ちしています」
急に落ち込んでしまった本人をよそに、俺と親父さんの間で話はついた。春賀のおふくろさんは、終始黙ってそれを聞いていたが、最後に親父さんに確認されて、はっきりと頷いた。彼女がたぶん、親子三人の中で一番、冷静に全てを受け入れていた。
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