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と、そこへ、玄関先でガチャガチャと物音がした。どうやら、家主が帰ってきたらしい。俺は応接セットのソファから立ち上がり、春賀が迎えに出て行く。
聞こえてきたのは、そろそろ五十路に突入するという年齢を想像できない、若々しい女性の声だった。話の内容から、春賀の母親であることは間違いないが。
「あら、ハルちゃん。早かったのねぇ。ごめんなさいね、急患で呼び出されちゃってぇ。あぁ、ちょうどそこでばったり会ったのよ。タイミング良かったわね、これで待つ時間が省けたわ」
春賀と血が繋がった人とは思えない、早口の弾丸トークで、春賀の母はそうまくし立てながら、こちらへ近づいてきた。
それに続いて、程よくしゃがれた壮年の男の声が聞こえてくる。
「春賀に呼び出されて否とは言えねぇよ。なぁ?」
「あら、相変わらず息子に甘いわねぇ」
「何言ってやがんだ。俺にとっちゃ、長男だぜ。お前がずっと隠しておくから、可愛がるタイミングを逃してんだよ。大目に見やがれ」
うーん。口調は確かに荒っぽいが、言っているセリフは親バカの領域だ。
やがて、長くもない廊下をやってきた彼らの姿が、俺の視界に入った。向こうからも、同じく俺の姿が見えたのだろう。
彼らは、そこで立ち止まってしまった。姿を見れば、確かに春賀の両親だと頷ける、どことなく春賀に似たところがある二人は、あっけにとられた表情であんぐりと口を開け、俺を見つめる。
確かに、春賀は父親似だ。この歳で、かなりの色男。若い頃はそれなりの浮名を流しただろう。
それから、二人は二人して、ほとんど同じ動作で、春賀に視線を向けた。この二人がなぜ夫婦でないのか不思議なほど、よく似た二人だ。
「ハルちゃん」
「お前、恋人を連れてくるって言わなかったか?」
「彼、女の子?」
おふくろさんよ。その言葉はさすがに矛盾してるだろ。彼、の時点で男だ。
俺はペコリと頭を下げ、春賀はすてすてと歩いて俺の隣にやってきた。
「紹介します。東京で出来た、俺の恋人。彼からのプロポーズをお受けしましたので、ご挨拶に連れてきました」
「はじめまして。住吉孝虎と申します」
どうやら、恋人を紹介したい、という程度の話しかしていなかったらしい。二人が驚いているのがその証拠だ。っていうか、そもそも、男同士だっていう大問題を端折るなよ、春賀。俺が説明するべきなのか?
隣に立った春賀を確かめるように見やれば、春賀は横目で俺を見て、楽しそうに微笑んでいた。俺の想像を肯定しているわけだろうか。何も言わないからよくわからない。そもそも、春賀は大事なことを口にしないから、俺が推測して確かめてやるしかないんだ。頭のいいヤツは、相手にもそこそこの思考力を強要するんだよな。
ま、春賀の分は慣れたから良いんだが。単純思考だからわかりやすいし。
「彼をうちの嫁にいただきたく、ご挨拶に……」
「ならんっ。ならんぞ、おい。だいたい、何をいきなり言ってやがる。お前ら、男同士だろう。春賀を嫁になどやれるはずがない」
最後まで言う前に、義父となる人にまくし立てられた。よく舌が回るところも、愛人とそっくり。ホント、どうして嫁に取らなかったんだろう。春賀が長男ということは、まだ間に合っただろうに。不思議だ。
たぶん、双方共に、医者という仕事の方を取ったんだろうけどな。
「春賀。お前もお前だ。俺がそんなどこの馬の骨とも知れん男にお前をやるわけがない。そのくらい、その賢い頭で想像できるだろうが」
「どこの馬の骨って、本人の前で言わないでよ。そもそも、認めようが認めまいが、もう決めたことだから。紹介しに来ただけだし」
「けど、お前……」
「貴方が俺に何かモノを言う権利なんて、そもそもあったっけ?」
ひたすらに強気な春賀の言葉に、なぜか父親の方が言葉に詰まっていた。
つまり、うちの父親にはっきり宣言したとおり、彼の父親は春賀に頭が上がらない、というのは本当のことだったらしい。春賀の存在を高校生になるまで知らなかった、それだけのことが、彼らにとってはかなり重要なことなのだ。そんなに弱みになるほどのことではないと、俺は思うんだが。これはヤクザの考え方なのかな?
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