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ちょっと、考えた。
だって、孝虎にも言ったとおり、俺は別の組、といっても県外じゃ、抗争相手にもならないけれど、とにかく別のヤクザの組長の血縁。というか、愛人の子供なのだ。自分の気持ちだけで、突っ走って良い身分ではない。
けれど、そんな足かせがなくても、やっぱり考えただろう。
自分の気持ちなら、疑いようもなく、孝虎を助けて生きていきたいと思っている。
けれど。まだ孝虎は若い。これからいくらだって良い女に出会うだろうし、本来であれば結婚など出来ないはずの男の妻がそこで足枷になるのは、自分自身が嫌だと思う。
ならば、いっそのこと、今のうちに断ってしまったほうが、と思ってしまう。そんなの嫌だと、心では悲鳴を上げていても。
「なぁ、春賀。俺、何度も言ってるだろ? 春賀は、俺の運命の相手なんだ。世の中には、いい女が腐るほどいるのかもしれない。でも、俺の視線を一手に引き受けてくれるのは、春賀だけなんだ。いい加減、認めてくれてもいいだろ? せっかく両想いなのに、変なところですれ違ってちゃ、つまんねぇじゃねぇか」
うん、まぁ、それはいつも言い聞かされてるけど。でも、やっぱり思い切れないところはあって。
意地になってるわけじゃないと思うんだけどなぁ。
「春賀の、ホントのトコの気持ちだけで、返事をくれ。起こってもいない未来をうだうだ考えるこたぁない。俺が、そんなこと考えてる余裕なんかやらねぇから。約束する」
「だけど……」
「だけど、ってことは、その前提に何か認めてるんだろ? それだけで良い。だけど、はいらない」
「……うん」
頷いて、でもやっぱり考えてしまうから、孝虎にしがみつく。抱きしめてくれる腕にほっとして、勇気をもらって。
俺の理性。
頼むから。
今だけ、黙ってて。
「これ、もらっても良い?」
「あぁ。これも、俺も。お前のモンだ」
……ん? どこかで聞いたフレーズだ。
どこだっけ?
「ホワイトデーのお返し、お前、おねだりしたろ? 俺が欲しい、って」
「……あ」
思い出した。そういえば。
思い出したら、その前後まで思い出してしまって。ぎゅっと抱きついた状態じゃ隠しようがないというのに、俺の理性に逆らって、欲望は勝手に暴走してしまって。
きっと、わかったのだろう。孝虎が、俺の耳元で、くすりと笑った。
イタズラな手が、俺と孝虎の間の隙間に、忍び込んでくる。
「ここは、正直なのになぁ。何でご主人様は、こんなに天邪鬼なんだろうな」
いや、あのね。そういうからかいを、腰を抱き寄せて、そんなところ弄りながら、言わないでよ。
腰が砕けちゃう。
「何だ? もしかして、もう我慢効かないか?」
「……もう。孝虎、嫌い」
「ここは、大好きだって言ってるぞ」
くっくっと喉で笑いながら、そんな風に言った孝虎は、俺が抗議の声をあげる前に、温かい唇で俺の口を塞いでしまった。
それから、一言。
「くそ。なんで、ここはこんなに壁が薄いかな」
ねぇ、孝虎。
こんな状況で、大爆笑しちゃった俺を、大事に大事に抱きしめてくれて、ありがとう。
こんな俺を好きになってくれて、ありがとう。
ホントに、ありがとう。
一生、ついて行くからね。
「って、あのねぇ、孝虎」
「何だよ」
「大人しくついてきちゃった俺も俺だけどさ。明日の引越し、どうするのさ」
「俺が手伝ってやるさ。それに、ほとんど片付いてたじゃないか」
「そうだけどさぁ……。明日、早いんだからね。ちゃんと起きてよ」
「はいはい。お前こそ、明日、起きられるのか?」
「孝虎が、自制してくれたらね」
「そりゃ、無理な相談だろ」
「明日から、毎日一緒なんだから。今日はもうおしまい。おやすみ、孝虎」
「……ちぇ」
ホワイトデーの一日前。
日付が変わったばかりのその時間。
ほろ苦くて、それでいてとっても甘い、俺の記憶に焼きついた大事な思い出の時間は、こうして一幕を閉じる。
続きは、また明日。
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