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 途端に、早春とはいえ日が暮れればそれなりにまだ冷え込む、寒い気温が滑り込んできた。

 孝虎の耳たぶと、鼻の頭が赤くなっていた。こんなになるまで外に放り出していたと思うと、ちょっとばかし罪悪感もある。

 でも、同情して見せたら俺が負けるからね。気遣うのは、納得した後だ。

「で?」

「あのな。春賀に電話した女、松井静琉っていうんだが、あれ、俺の親父の妹の娘でな。つまり、従兄妹なんだよ」

「……冗談にしても、性質が悪いね」

「だから、俺でも信じられねぇ冗談みたいな話だ、って言ったろうが」

 どうせつくならもう少しマシなウソでも、と言いかけた俺を制して、孝虎はあっさりとそう認めた。

「大体な、俺がウソをつくときは、もうちょっと気の利いたことを言うさ。こんな、冗談にもならないウソ、誰がつくか」

「孝虎」

「だから、本当だってば。静琉は、俺にとっちゃあ、ただの従兄妹。妹みたいなもんだ。あいつはガキの頃から付きまとっちゃ、俺の嫁になるってきかねぇだけで、今更俺があれと所帯を持つ気にゃあ、ならねぇよ」

「それにしては、『私の孝虎さんに手を出さないでっ』って勢いだったけど?」

「だから、それはあいつの独りよがりなんだ」

 そこまで断言されると、それはそれでその彼女がかわいそうだけれど。あまりにも必死に訴えるから、俺は思わず笑ってしまう。俺が笑ったことで、孝虎は今まで張っていた肩の力を抜いた。

 それから、ため息混じりに、俺にこんなことを言うのだ。

「大体な、あれに春賀の存在が知られたのは、春賀のためを思っての、おまけでしかないんだ」

「俺の、ため?」

「そう」

 何がどう転べば、そこに俺の名前が出てくるのか。さすがに想像がつかなくて、俺は首をかしげた。孝虎は、深く頷いて見せた。

「あいつのこと以外では、予定通りに話は進んでたんだ。実際、親父の理解も、今日の説得でバッチリもらってる。静琉のことは、いずれ何らかの形で決着をつけるさ」

「……何の話?」

「俺とお前の、身の振り方の話だ。あのな、本当は、明後日のホワイトデーにするはずだった話なんだよ、これは」

 あいつの横槍さえなければ、もっとロマンチックに切り出す予定だったのに、とぼやかれても、俺には何のことやらさっぱり分からなくて。

 そういえば、バレンタインデーに、お返しは何が良いかって聞かれたっけ。ロマンチックに、っていうことは、もしかして、お返し、くれるのかな?

「あのな、春賀」

「ん?」

 なんだかワクワクさせられる前置きに、俺の心は違う意味でドキドキし始めた。期待に胸が膨らむ、っていうやつだ。

 孝虎は、なんだか言いにくそうにしていて、やがて咳払いを一つ、した。

「春賀。……住吉組を、俺と一緒に背負ってくれないか?」

 ……。


 ……?



「え?」

「俺の、嫁に来て欲しい」

 聞き間違い、だろうか?

 今、孝虎、嫁、って言った?

「春賀。頼む。この通りだ」

 ガバッと、大柄の孝虎が思い切りよく頭を下げる。それが、俺には信じられなくて、目をしばたかせてしまった。

 だって、嫁って、それ、本気で?

「俺、男だけど?」

「知ってる」

「跡取り、作れないよ?」

「元から、作るつもりもない」

「他の組の血縁だよ?」

「良いじゃないか。太い繋がりが出来るってもんだ」

 いや、えっと、だから、その……?

「嫌なのか?」

 俺が混乱している間に、孝虎が実に情けない表情で、俺の顔を覗き込んだ。まっすぐ見つめ合ってしまって、今更ながら、孝虎を意識してしまう。ボッと火がついたように、顔が真っ赤に燃え上がった。

 頬が、熱い。

「春賀、真っ赤になって、可愛い」

 靴を脱いで、部屋に上がってきて、孝虎が俺を抱きしめてくれる。力強い腕が、逞しい胸板が、俺の全身を包み込む。

 ここが、とても心地よく感じる。幸せを、思い知る。

 俺を抱きしめていた腕が片方、孝虎のコートのポケットに消えた。すぐ戻ってきたそれに握られていたのは、小さな箱で。

「受け取って、くれるか?」

 俺のおでこを孝虎の胸に押し付けたまま、俺の右手を取ると、そこに箱を載せ、一緒に包み込まれる。箱は思ったよりやわらかくて、手触りの良いベロア調だった。

 きっと、エンゲージリングのつもりなんだろう。中身までは見ていないけれど、この文脈で、疑いようがない。





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