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 とにかく、明日は引越しなので、今日は早く寝て英気を養っておく必要があって、寝床のスペースを確保するため、みかん箱大のダンボールを部屋の隅に積み上げていると、表の階段を誰かが上がってくる音がした。ここは道路側の二階角部屋だから、すぐ隣が階段なのだ。

 足音は、古い外廊下をミシミシきしませてやってきて、俺の部屋の前で止まった。

 ドンドン。

 間髪いれずにドアがノックされたということは、呼び鈴がないことをあらかじめ知っている人間であるということで。ということは、俺の知り合いに違いなくて、今の状況で考えれば、相手はおのずと予想がつく。

「はい?」

『俺』

 ほらね、やっぱり。

 でも、俺もちょっとは怒ってるからね。ちょっとやそっとじゃ開けてやらないんだ。

「何?」

『謝りに来た』

「お前が浮気だったんだ、振り回して悪かった?」

『……春賀。冗談も大概にしないと、俺も本気で怒るぞ』

「怒れば? 喧嘩別れでもすれば、あとくされもなくていいんじゃない? 幸い、まだ引越しもしてないから、切れるなら丁度良い」

 今なら、まだ俺の心の傷も軽傷で済む。最初から、長く続くとは思ってなかったから。それが、たった半年とまでは思ってなかったけどね。

 玄関の向こうの孝虎は、俺の言葉に押し黙ってしまった。ということは、図星を突かれた、といった所だろう。

 だいたい、弁護士の卵を相手に、舌戦で勝とうだなんて、砂糖菓子以上に甘いっての。

 しばらく経って、そろそろ待っているのにも飽きてきた頃。ようやく、孝虎が話しかけてきた。

『……本気で、言ってるのか?』

「冗談に聞こえるなら、耳鼻科行ってきたら?」

 孝虎がゆっくり話したせいで考える時間がたっぷりあったせいだけど、俺は孝虎のとぼけたその言葉に、待ち時間無しで答えてやった。

 その返答の、何が孝虎の気に障ったのか。

 ドカ、とものすごい音がして、玄関がみしりと軋んだ。どうやら、蹴飛ばされたらしい。

『春賀、出て来い。面と向かって、もう一度言ってみろ』

「冗談じゃないよ。孝虎、乱暴なんだもの。貴方に殴られたら、命がいくつあったって足りない」

『殴らねぇよっ!』

「どうだか」

 血が上った孝虎に近づける人間がいるなら、お目にかかりたいよ。自他共に認めるガリ勉君の俺が、受け止められるわけないじゃない。

 思わずため息をついて、俺は肩をすくめた。それから、孝虎はそのままに放って、部屋に戻る。早く片付けないと、寝る場所がないよ。

 ま、このまま行くと、明日の引越しは流れそうだけどね。

 よいしょ、と掛け声をかけて、分厚い本と小物類を入れたダンボールを持ち上げた時、再び玄関がドンと鳴った。今度は、さっきよりは弱い音だった。

『春賀。頼むよ、弁解だけでも聞いてくれないか』

 おや。一転、弱気になったね。

「聞くだけなら、ここでも良いでしょ」

『顔、見せてくれないのか?』

「納得いく説明が出来たら、見せてあげても良いけど?」

『……春賀、俺の言うことなんか、信用しないだろ。俺が春賀でも、信用できない冗談みたいな話なんだ』

 ……何だ?それ。

『話、長くなるから。入れてくれよ。玄関先で良い。靴も脱がない。いつでも出て行けと言われれば出て行く。だから、頼む』

 こんなむちゃくちゃ下手な孝虎、さすがに初めて見た気がするよ、俺。いつも、自信過剰なくらい自信満々で、しかもその自信が実力だったりするくせに。

「本当に?」

『本当だ』

 うん。こういうところは、いつもの孝虎らしい。ちゃんと言い切ってくれるから、すっきりする。

 仕方がない。持ち上げた荷物箱を積み上げた上におろして、俺は玄関の鍵を開けてやった。





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