Bitter Sweet WhiteDay 1




 最近、孝虎の様子がおかしい。

 正確には、バレンタインから。

 週末は、相変わらず昼間デートしてくれるし、ベッドの中でも甘やかしてくれるし、不安に感じるわけではないんだけど。

 ヤクザにも、年度末ってあるんだろうか?




 三月に入り、論文の提出も発表も終わって、後期は卒論以外の講義を取っていないから期末テストもなく、卒業見込みの成績も出たので、丸々一ヶ月の休みが手に入った。

 それを知った孝虎は、じゃあ、来週は引越しだ、と勝手に決めてしまった。それも、めちゃくちゃ嬉しそうに。おかげで、文句の一つも言えなかったよ。

 生まれのせいなのか、性格なのか、強引なんだよね。そこも、好きだけどさ。

 そんなわけで引越しの予定が立ってしまったので、俺の今日の予定は、部屋の片付けと引越し荷物の仕分けに終始した。

 別に、そんなに物がある家じゃないんだけど、そう言っても、司法試験受験のために買いためた法律関連の書籍は山積みになっていて、一本に積むと俺の背丈と同じだけはあるから、本をくくるので一苦労だった。だいたい、法律本って分厚くて困る。こんなにルール付けしても、人が覚えていて守れるルールなんて、たかが知れてると思うんだけどね。準備だけはしておかないと、思わぬトラブルにぶち当たった時に対処に困るんだから、仕方がないのかも。

 って、そんなことを弁護士が言い出したら、商売上がったりだね。

 近所のコンビニのバイトは、昨日で辞めた。だって、引越し先は大田区なんだ。皇居を挟んで向こう側じゃ、さすがに通えない。

 朝から黙々と、昼飯も食べないで片付けて、ようやく足の踏み場が見えてきた頃。

 携帯電話が鳴り出した。部屋の隅に退避してあった通学カバンの中だ。

 まったく、この忙しいのにはた迷惑だが、いったい誰だろう。平日の昼間に電話をかけてくる相手なんか、いただろうか?

 折りたたみの携帯電話の背に付けられた小さなディスプレイには、孝虎の名前が表示されていた。

 少しほっとして、電話を取る。

「はい?」

『……あ、あんた、男なの!? この泥棒猫っ。孝虎さんは、あんたなんかには渡さないわよ。男のくせに、孝虎さんに抱かれて喜んでるなんて、あんた、変態よっ! 孝虎さんは優しいから拒まないんでしょうけどね、いつまでも続きゃしないんだからっ! 覚悟なさいよ!!』

 ?

 ……えぇと?

「貴女、誰?」

『きーっ! 貴女なんて気安く呼ぶんじゃないわよ、この売女(ばいた)っ!』

『おい、シズル。何して……っ! それ、俺の携帯じゃねぇか、何してやがるっ』

 あ、孝虎の声だ。ということは、今まで席をはずしてたってことだね。ま、孝虎がそばにいて、こんな暴言を女に吐かせるわけがないか。

 でも……。

 うーん。つまりそれって、俺って二号さん以下ってことかな?

 家に居候させてくれるっていうのも、ただ、愛人を囲うっていう以上の意味はなかったりして。

 それはちょっと、悲しいよなぁ。

『春賀っ。おい、聞いてるかっ?』

「……んー?」

『んー?じゃねぇよ。いいか、春賀。後で、ちゃんと説明するから、余計なこと考えるんじゃねぇぞ。俺が愛してるのは、お前だけだからなっ』

『孝虎さんっ! 何を言うのっ』

『るせぇ、てめぇは黙ってろ。おい、春賀。聞いてるか?』

「聞いてるよ? どうしたの? 彼女にやきもちでも、やかれちゃった?」

『だぁ、もう、言ってるそばから勘違いするし。違うってば。俺の言うことだけ信用しろ。この女とはそんな関係になった覚えはねぇ。お前だけを愛してるからっ』

「ん。まぁ、良いや。明日、引越しでしょ? 片付けしてるから、用がないならもう切るよ?」

『今夜また、電話するから。絶対とっ……』

 途中までは聞こえたけど。っていうか、電話口であんなに叫んだら、受話口遠ざけても聞こえるんだけどね。最後まで聞く気にはならなくて、電話を切った。

 後には、ツーツーツーという電子音だけが、小さく聞こえていた。





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