3




 店を出て、俺たちは東京八重洲口まで歩き、山手線で渋谷に出ることにした。

 目的地は、ラブホ街。別に上野近辺でも十分ことが足りるのだが、やっぱり渋谷のほうがおしゃれな店に遭遇しやすい。

 それに、最近行きつけの店も渋谷なのだ。安めだし、雰囲気も落ち着いているし、周りも似たような年齢層で、歳相応。

 今日は、春賀がエスコートすると宣言したのを尊重し、彼にすべて任せている。

 つまり、ここに来たという事は、春賀からのお誘いと取って良いわけで。

 俺たちのようなイレギュラーカップルには特にありがたい、自動精算式のホテルの空き部屋に入って、俺は先に入った春賀を後ろから抱きしめた。

 ちなみに、まだ玄関先で、二人とも分厚いコートを着たまま。

 春賀も、それを少し期待していたのか、一瞬びっくりして身体を固まらせたものの、すぐに弛緩し、すべてを俺に預けてくれた。

 身も心も、春賀を形作るすべてのものを、春賀は俺にすっかり預けてくれる。それは、相手を信用していなければできないことだ。相手、つまり、この俺を。

「ねぇ、孝虎。ちょっと待って」

 身を委ねておきながら、春賀は俺に自制を求める。止められて、俺もその華奢な首筋に寄せていた顔を離した。

 春賀は、俺の腕の中からすり抜けて、俺にここで待っているように言うと、一人で先に部屋に入っていってしまった。

 仕方がないので、コートを脱いで待つ。

 待つこと15秒ほど。

「いいよぉ」

 部屋からそう許可が出て、俺もまたその入り口をくぐり。

 そこに立ち止まった。

 俺の目に飛び込んできたのは、ベッドの端に行儀よく座った恋人の姿で、それは普通の光景のはずなのだが。

 その胸元に、大きな赤いリボンが付いていたのだ。それはもう、贈り物にかけるリボンのように。

 もしかしなくても、それって『男の夢』ってヤツか?

「あれ? 気に入らない?」

「……春賀。骨まで喰っちまうぞ」

「どうぞ、召し上がれ」

 ふふっ、と嬉しそうに笑って、春賀はさらに俺を煽るようなことを言う。

 そんな単純なことにノックアウトされる俺も俺なんだけどな。この状況に抗える強靭な精神力を持つ男など、この世の中にいるんだろうか、って思うよ。

 せっかく座っているベッドに春賀を押し倒して、俺もその上に馬乗りになる。胸元のリボンを解いて、着っぱなしだったコートも脱がせて、わざわざそうなるように選んできたんだろう、この時期には少し寒そうな、襟首の大きいシャツからあらわになっている喉元に、思いっきり齧り付く。

「んっ」

 歯を立てて齧っているのに、それが気持ち良いそうな春賀は、快感の滲み出た色っぽい声を上げた。

 俺のエッチな手に煽り上げられて、春賀の息が熱くなっていく。呼吸は苦しそうなくらい荒いのに、表情は羨ましいくらいに気持ちよさそうで。

 そんな荒い息づかいのまま、春賀は俺に囁いた。

「プレゼント、気に入ってくれた?」

「春賀って、ホントに、俺を煽る天才」

 計算なのか天然なのかは微妙だけどな。力加減は絶妙。勝てっこないよ。

 こんなすごいプレゼントをもらっちゃったら、そのお返しは半端なものじゃ俺が納得できない。身も心もとろとろに蕩かしてやるくらいの、ものすごいことを考えておかないと。

「お返し、何が欲しい?」

 とにかく、まずは事前調査で。そう問いかけた俺に、春賀は今にも崩れ落ちそうなほど蕩けた表情のまま、くすりと笑った。

「たかとら」

「……ん?」

「だから、孝虎が欲しい」

 おいおい、春賀よ。ここまで俺を煽っておいて、まだ足りないのか、お前は。

「そんなもん、お返しになるのか?」

「全然、そんなもん、じゃないよ。俺は全部、孝虎だけのモノなのに、孝虎は俺だけのモノじゃないんだもの。だから、ホワイトデーだけは、俺だけのモノになってよ」

 ……ん?

 ちょっと待て。

 俺はとっくに、身も心もすべて春賀に捧げてるというのに。何を言い出すんだ、こいつは。

「とっくに、俺は春賀だけのモノだぞ」

「そう?」

「そうだろ。俺が春賀にベタ惚れなのは、お前だって良く知ってるじゃないか」

「うん。そうなんだけどね」

 ホント、何が不満なんだか。俺の気持ちは正しく知っていて、事実をちゃんと認めるくせに、それでも俺が春賀だけのモノではないと思うのは、どうしてなんだろう。不思議で仕方がないよ。他のことなら完璧な予測力と推理力が備わっているのに、自分のことになると急に鈍感になるんだから。

 自分を過小評価するのは、春賀の唯一の欠点なんだよな。しかも、恋人にとっては大問題の。

 そもそも、東大に主席に近い成績で入って、司法試験も前週まで遊んでたくせにあっさり通った人間が、どうして「自分は生きている価値がない」なんて言えるんだか。

「俺に惚れられてることにくらいは、自信を持って欲しいんだけど?」

「うん。持ってるよ」

「ウソつけ。自信あるなら、俺が春賀だけのモノだって、わかるだろうが」

「でもねぇ。世の中、いくらだって孝虎の好みの女性はいるわけだし」

「俺が心底惚れてるのは、春賀だ」

「今現在は、ね」

「将来も永遠に、だよ」

 まったく。びっくりさせるから、萎えちまったじゃないか。

 そう悪態をついて、俺は強引にそんな水掛け論を終わらせ、春賀のきめ細やかな肌に手を滑らせる。

 放って置かれたせいで熱が冷めてきていた春賀も、あっという間に追い上げられてくれて。

 そうやって理性を追い出してしまえば、後は快楽の虜になってしまう春賀を愛しつつ、俺はまた、決意を新たにするのだ。

 春賀を、身も心も蕩けてしまうくらいの幸せで満たしてやること。それが、俺がその生涯に課せられた使命なのだ。俺の本気を疑う余地なんか無くなるくらいの、特大の幸せで包み込んでやることが。

 それにはきっと、一生かかってしまうのだろうけれど。それでも良い。春賀が死に至る間際にでも、幸せな一生だったなって、思ってくれるなら。そのための努力に何の苦労があろうものか。

 まずその第一歩として、春賀に俺の生涯の伴侶としての自覚をさせないとな。

「春賀。お返し、決まったぞ」

「はぁんっ……ぅん〜?」

「1ヵ月後、楽しみにしてろよ」

 お前を、うちの次期姐御に据えてやるから。噂なんかじゃなく、公然の事実に。

 それは、今は俺の胸のうちだけの秘密。

 教えてやらない俺に、不思議そうな表情を返した春賀は、直後に俺の指が中にもぐりこんでいった快感に流されて、甘い息を吐き出した。

「んっ。うんっ」

 分かってて頷いたのやら、気持ちよくて出た声なのやら。

 ま、どっちでも良いんだけどな。





[ 28/49 ]

[*prev] [next#]

[mokuji]

[しおりを挟む]


戻る



Copyright(C) 2004-2017 KYMDREAM All Rights Reserved
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -