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店を出て、俺たちは東京八重洲口まで歩き、山手線で渋谷に出ることにした。
目的地は、ラブホ街。別に上野近辺でも十分ことが足りるのだが、やっぱり渋谷のほうがおしゃれな店に遭遇しやすい。
それに、最近行きつけの店も渋谷なのだ。安めだし、雰囲気も落ち着いているし、周りも似たような年齢層で、歳相応。
今日は、春賀がエスコートすると宣言したのを尊重し、彼にすべて任せている。
つまり、ここに来たという事は、春賀からのお誘いと取って良いわけで。
俺たちのようなイレギュラーカップルには特にありがたい、自動精算式のホテルの空き部屋に入って、俺は先に入った春賀を後ろから抱きしめた。
ちなみに、まだ玄関先で、二人とも分厚いコートを着たまま。
春賀も、それを少し期待していたのか、一瞬びっくりして身体を固まらせたものの、すぐに弛緩し、すべてを俺に預けてくれた。
身も心も、春賀を形作るすべてのものを、春賀は俺にすっかり預けてくれる。それは、相手を信用していなければできないことだ。相手、つまり、この俺を。
「ねぇ、孝虎。ちょっと待って」
身を委ねておきながら、春賀は俺に自制を求める。止められて、俺もその華奢な首筋に寄せていた顔を離した。
春賀は、俺の腕の中からすり抜けて、俺にここで待っているように言うと、一人で先に部屋に入っていってしまった。
仕方がないので、コートを脱いで待つ。
待つこと15秒ほど。
「いいよぉ」
部屋からそう許可が出て、俺もまたその入り口をくぐり。
そこに立ち止まった。
俺の目に飛び込んできたのは、ベッドの端に行儀よく座った恋人の姿で、それは普通の光景のはずなのだが。
その胸元に、大きな赤いリボンが付いていたのだ。それはもう、贈り物にかけるリボンのように。
もしかしなくても、それって『男の夢』ってヤツか?
「あれ? 気に入らない?」
「……春賀。骨まで喰っちまうぞ」
「どうぞ、召し上がれ」
ふふっ、と嬉しそうに笑って、春賀はさらに俺を煽るようなことを言う。
そんな単純なことにノックアウトされる俺も俺なんだけどな。この状況に抗える強靭な精神力を持つ男など、この世の中にいるんだろうか、って思うよ。
せっかく座っているベッドに春賀を押し倒して、俺もその上に馬乗りになる。胸元のリボンを解いて、着っぱなしだったコートも脱がせて、わざわざそうなるように選んできたんだろう、この時期には少し寒そうな、襟首の大きいシャツからあらわになっている喉元に、思いっきり齧り付く。
「んっ」
歯を立てて齧っているのに、それが気持ち良いそうな春賀は、快感の滲み出た色っぽい声を上げた。
俺のエッチな手に煽り上げられて、春賀の息が熱くなっていく。呼吸は苦しそうなくらい荒いのに、表情は羨ましいくらいに気持ちよさそうで。
そんな荒い息づかいのまま、春賀は俺に囁いた。
「プレゼント、気に入ってくれた?」
「春賀って、ホントに、俺を煽る天才」
計算なのか天然なのかは微妙だけどな。力加減は絶妙。勝てっこないよ。
こんなすごいプレゼントをもらっちゃったら、そのお返しは半端なものじゃ俺が納得できない。身も心もとろとろに蕩かしてやるくらいの、ものすごいことを考えておかないと。
「お返し、何が欲しい?」
とにかく、まずは事前調査で。そう問いかけた俺に、春賀は今にも崩れ落ちそうなほど蕩けた表情のまま、くすりと笑った。
「たかとら」
「……ん?」
「だから、孝虎が欲しい」
おいおい、春賀よ。ここまで俺を煽っておいて、まだ足りないのか、お前は。
「そんなもん、お返しになるのか?」
「全然、そんなもん、じゃないよ。俺は全部、孝虎だけのモノなのに、孝虎は俺だけのモノじゃないんだもの。だから、ホワイトデーだけは、俺だけのモノになってよ」
……ん?
ちょっと待て。
俺はとっくに、身も心もすべて春賀に捧げてるというのに。何を言い出すんだ、こいつは。
「とっくに、俺は春賀だけのモノだぞ」
「そう?」
「そうだろ。俺が春賀にベタ惚れなのは、お前だって良く知ってるじゃないか」
「うん。そうなんだけどね」
ホント、何が不満なんだか。俺の気持ちは正しく知っていて、事実をちゃんと認めるくせに、それでも俺が春賀だけのモノではないと思うのは、どうしてなんだろう。不思議で仕方がないよ。他のことなら完璧な予測力と推理力が備わっているのに、自分のことになると急に鈍感になるんだから。
自分を過小評価するのは、春賀の唯一の欠点なんだよな。しかも、恋人にとっては大問題の。
そもそも、東大に主席に近い成績で入って、司法試験も前週まで遊んでたくせにあっさり通った人間が、どうして「自分は生きている価値がない」なんて言えるんだか。
「俺に惚れられてることにくらいは、自信を持って欲しいんだけど?」
「うん。持ってるよ」
「ウソつけ。自信あるなら、俺が春賀だけのモノだって、わかるだろうが」
「でもねぇ。世の中、いくらだって孝虎の好みの女性はいるわけだし」
「俺が心底惚れてるのは、春賀だ」
「今現在は、ね」
「将来も永遠に、だよ」
まったく。びっくりさせるから、萎えちまったじゃないか。
そう悪態をついて、俺は強引にそんな水掛け論を終わらせ、春賀のきめ細やかな肌に手を滑らせる。
放って置かれたせいで熱が冷めてきていた春賀も、あっという間に追い上げられてくれて。
そうやって理性を追い出してしまえば、後は快楽の虜になってしまう春賀を愛しつつ、俺はまた、決意を新たにするのだ。
春賀を、身も心も蕩けてしまうくらいの幸せで満たしてやること。それが、俺がその生涯に課せられた使命なのだ。俺の本気を疑う余地なんか無くなるくらいの、特大の幸せで包み込んでやることが。
それにはきっと、一生かかってしまうのだろうけれど。それでも良い。春賀が死に至る間際にでも、幸せな一生だったなって、思ってくれるなら。そのための努力に何の苦労があろうものか。
まずその第一歩として、春賀に俺の生涯の伴侶としての自覚をさせないとな。
「春賀。お返し、決まったぞ」
「はぁんっ……ぅん〜?」
「1ヵ月後、楽しみにしてろよ」
お前を、うちの次期姐御に据えてやるから。噂なんかじゃなく、公然の事実に。
それは、今は俺の胸のうちだけの秘密。
教えてやらない俺に、不思議そうな表情を返した春賀は、直後に俺の指が中にもぐりこんでいった快感に流されて、甘い息を吐き出した。
「んっ。うんっ」
分かってて頷いたのやら、気持ちよくて出た声なのやら。
ま、どっちでも良いんだけどな。
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