25
次に連れて行かれた先は、その屋敷の母屋だ。玄関先では中村が待っていて、二人揃って奥へ通された。
奥の座敷で二人の到着を待っていたのは、住吉組の組長であり、孝虎の父親であった。
「おう、来たな」
有能な一人息子をそんな言葉で迎えて、組長はその背後に控える華奢な青年を値踏みするように見やった。そして、中村に目を向ける。
「彼が、お前がうちの次期姐に推挙する相手か?」
「へい」
そのやり取りに、孝虎は渋い表情を見せ、春賀は驚いて中村を振り返る。中村はなぜか、春賀の視線を受けて、軽く頷いた。
一方、組長の方も、春賀に興味を持ったのか、ほう、と感心したように声を上げる。
「なかなか良い目をしている。お前も、目が良いな、孝虎」
「じゃ、認めてくれるんですね?」
「いや。だが、しばらく観察してみよう。どうせ、お前が跡取りを作る気がないことくらい、とうにわかっておる。その代わり、跡継ぎを育てるのはお前たちの仕事になるぞ」
「また、気の早いことを」
親子は親子にしかわからないようなやり取りを交わし、孝虎は春賀を促してそこに座った。中村がそこを辞していくと、室内には三人きりになってしまう。
中村を見送った組長は、春賀に再び視線をやった。
「あんた、田辺の血縁だって?」
「はい」
「田辺の組と関係ないと、言えるのか? カタギだって話だが」
「いえ。血を引いていることは事実ですので、完全には無理ですね。ですが、あの人は俺に頭上がりませんから」
一家の組長を前にしているとは思えない度胸でそう言い切って、春賀は孝虎も滅多に見られない生意気な表情で笑った。そのことに、孝虎は驚いてしまう。
はっきり言われた言葉に、組長も少なからず驚いたらしい。老いた皺だらけの目元に、若干の笑みが浮かぶ。
「ほう? 頭が、ねぇ?」
「えぇ、頭が」
「何で?」
はっきりと春賀が断言するので、孝虎も興味を持って問い返す。その孝虎に、春賀はにっこりと笑った。
「こんな天才児を十七年放っておいたツケは、払ってもらわないとね」
「十七年?」
「そ。十七年間、父親知らないで来たの。だから、カタギ、って言い切れるんだ」
ふふふっ、とからかうような笑い方をして、春賀は説明してみせる。そして、孝虎に向けていた視線を、その父親に戻した。
「気になられますか?」
「……いや、あんた次第だね。それと、孝虎。お前がしっかりすれば良い話のようだ」
それは、どうやら組長には認められたらしい、それを示す言葉だった。孝虎は嬉しそうに春賀を振り返り、春賀は笑顔のよく似合うその顔に笑みを浮かべた。
一週間後。
卒業論文の指導を受けるため、所属するゼミに行った春賀は、同じゼミに所属している佐々木という男が、退学届けを出した、との話を教授から直接聞いていた。そう仕向けたのは春賀なので、心の底で喜びながらも気の毒そうな顔をしてみせたのだが、その理由を聞いて、思わず苦笑いをしてしまった。
というのも、その理由が見事に取ってつけたような、真実とはまったく違う説明だったからだ。
「いやぁ、彼もねぇ。いや、バイクの事故で目をやられたとかで、両目失明したって話でね。気をつけないとダメだよ。君たち若いもんは、時に命を顧みないことがあるからねぇ」
手続きに来たのも、教授のもとへ挨拶に来たのも、母親だったらしい。本人は、まだ入院中だそうだ。
まぁ、孝虎が潰せと言っていたのだから、余程ひどい方法で潰されたのだろうし、仕方がなかろうが。
「ん? 橘くん、どうしたね?」
「……いえ。佐々木さん、お気の毒でしたね」
「うん、そうだね」
さて、論文を見ようか。
そう話を切り上げて、教授はその手を差し出す。春賀も、お願いします、と頭を下げて、持ってきた紙の束を差し出した。
こうして、春賀の身を襲った強姦事件は、犯人の贖罪と春賀を守る恋人の誕生で幕を閉じた。
これが、二年後の銀座の有名ゲイバー『橘』のママとそのオーナーの、馴れ初めの物語。
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