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「強姦魔」

 言った途端、孝虎の眉が片方、ぴくり、と動いた。それから、孝虎は慎重に春賀の顔を覗き込む。

「報復、して良いんだな?」

 それは、孝虎としても、本当は感情に身を任せて報復に出たい相手だ。春賀に以前止められたから、今まで我慢していただけで、思い出せば今でもはらわたが煮えくり返る。春賀をあんな目にあわせた相手を、許せるはずがないのだ。

 確認する孝虎に、春賀は大きく頷いた。

「一回だけなら、俺も確かに生意気な態度とってたし、許してやろうとも思ったけど。二度目はないよ」

「同一犯かよ」

 一度ならず二度までも。それは確かに、男を男が犯す、というありえない行動をする人間が世の中にそうゴロゴロいてもらうのも嫌なので、想像に難くはなかった。だが、まさか本当に、と孝虎は目を据わらせる。

「相手は、わかるんだな?」

「同じゼミの同学年で、佐々木健太」

「精神的に、再起不能に陥れて良いんだろ? それは、俺の報復でもあるんだ」

「もちろんだよ。でなくちゃ、わざわざ孝虎に頼まない。せめて、大学卒業できないくらいには、してやって」

 せめて、がその人間の一生に関わるような内容であることに、孝虎はほっと胸を撫で下ろした。つまりは、殺しさえしなければ、何をしても良い、という太鼓判をもらったわけである。これで、孝虎の好きなように、手加減なく報復が出来る。

「結果も、知りたい?」

「うん。邪魔じゃなければ、俺も手伝いたい」

 春賀には、孝虎に任せておけば完璧に片付けてくれることは、よくわかっているはずだ。だが、あえて手伝いたいと申し出たのは、きっと、自分から報復してやりたいくらいには、腹を立てている証拠で。

 もちろん、と孝虎は大きく頷いた。

「春賀、明日も学校?」

「休む予定だったよ。孝虎とデートの約束してたからね」

 きっと朝の授業には絶対に間に合わないだろうと、予測をつけていたらしい。いい子だ、と孝虎はまるで子供を誉めるように春賀の頭を撫でた。

 それから、おもむろに立ち上がり、クローゼットにかけた上着のポケットから携帯電話を取って戻ってくる。

 春賀のそばに戻ってきた時、かけた電話の相手に繋がった。

「あぁ、中村か。至急手配してくれ。東大飯塚教授ゼミ所属、佐々木健太」

『何者です?』

 電話の向こうから、春賀は今のところ聞いたことがなかった、中村の厳しい声が返ってきた。その声を聞くと、確かに組幹部なだけのことはある、と納得できる。普段、孝虎と行動を共にしているから、どんな立場の人間なのか、いまいちピンと来ていなかったのだ。

「春賀の、強姦魔だ」

『橘さんのっ!? わかりました。一時間ほどください』

「いや、今夜中で良い。明日の朝まで、張り付いていてくれ。俺が連絡するまで、何もさせるな」

『承知しました』

 春賀の、との一言で、中村は孝虎の立腹具合を把握したのか、緊迫した口調で答え、向こうから早々に電話を切った。もしかしたら、勝元からすでに今日のことも聞いているのかもしれない。電話を切るギリギリで、周りにいるらしい人々に、「おい、大至急だ」と指示を出す声が聞こえていた。

 中村が承知してくれたことで、孝虎は前準備は全て整ったと判断したらしい。用の済んだ携帯電話を、ベッドサイドの棚にぽいっと投げ捨てた。

 それにしても、中村が答えた「一時間」には、春賀も驚いた。名前と通っている大学名しかわからない人間を、一時間で捜し当てると断言してみせたのだ。手持ちの人間を全て使えば、一時間で探し出せる、それだけの自信があったのだろう。

 改めて、孝虎が将来率いる予定になっている「住吉組」の組織力に舌を巻く春賀である。

 春賀に見直されているとは露知らず、孝虎は甘えたように春賀に抱きつき、ベッドに押し倒す。

「なぁ、春賀。もう一回」

「……せっかく、孝虎のこと見直してたのに」

「そんなの良いって。春賀の前にいる俺が、そのまんま俺なの。なぁ、良いだろ?」

「……気持ち良く、してよ?」

「もちろん」

 押し倒されながら、器用にペットボトルの口だけは上を向けてくれた春賀の手から、そのペットボトルを取り上げて、それもベッドサイドに置くと、孝虎は改めて春賀に襲い掛かった。今度は待ち受けて受け止めてくれた春賀と、熱い口付けを交わす。

 枕もとのデジタル時計は深夜十一時を示している。一般的な世の中は、そろそろ眠りに付く頃。

 だが、二人の甘い夜は、まだ始まったばかりだった。





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