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 と、ふと、春賀が頭を上げた。そのまま、孝虎を見つめる。

「孝虎」

「……何?」

 あまりに突然で、さすがの孝虎もびっくりした。見つめられて、身を引いて見つめ返す。

「どうした?」

「お願いがあるの。ふたっつ」

「二つ?」

 春賀が「ふたっつ」と言いながらブイサインをするのに、孝虎も真似をしてブイサインを返す。それから、それを裏返して自分で見つめてしまう。間抜けな状況なのは重々承知の上だ。それだけ驚いたのだから。

「そう、二つ。一つは、俺の就職先。あのさ、住吉組で顧問に雇ってくれない? 今いるのは知ってる。補佐で良いから」

 突然、なんだか現実味を帯びてしまった空気に唖然としながら、孝虎は早口にまくし立てる春賀の言葉を聞いていた。それから、真剣な表情に負けて、ぎこちなく頷く。

 まぁ、考えてみれば、実は自分の伴侶に巻き込んでしまいたい相手ではあるので、そうやって組の仕事に絡んでくれるのならありがたい話なのだ。が、今の孝虎ではそこまでの計算が追いつかない。

 とにかく、孝虎が頷いてくれたことに、春賀は大げさに胸をなでおろした。

「よかったぁ。実はね、この時期まで孝虎と距離を置いたままにしてたのって、自分の立場を固めるためでもあるんだけど、それ以上に、司法試験合格に自信を持つまでは、って自分で決めてたんだよ。多分、今日の手ごたえなら合格通知来るから。就職先、世話して欲しいんです。お願いします」

 そうやって説明されれば、それは春賀の事情として納得せざるを得ない話で、孝虎は迫力に押されて頷いた。

 それは、春賀自身が線を引いていた、春賀と孝虎の付き合う距離を示していて、顧問弁護士ということは組の経営に深く関わる役職であり、そこまで深く関わっても良いと考えているという意味であり。

 春賀の訴えに、押し切られるように頷いてから、よくよく考えてみた孝虎は、さらに驚いた表情をして春賀を見返した。

「良いのか? 実家は?」

「まぁ、法学部を目指したのは、父親に関わる道を模索した結果だけれどね。別に、父親から将来について何かを言われているわけではないし、それ以前に、俺は田辺の組とは縁続きではないし、組員でも何でもない。孝虎だってよく言ってるじゃない、俺はカタギだって。ただ、父親には礼儀として挨拶に行かなくちゃいけないけどさ」

 問題ないでしょ、というのが、春賀の見解だ。そうかな、と孝虎は首を傾げるのだが、春賀はふふっと笑って返す。

「俺の学費は、確かに父親から出てるけどね、就職先の世話はしない、って断言されてるんだよ。だから、どこに行くとしても、父親に反対する権利はない」

 えへん、と自身ありげに胸を張って、春賀は断言する。それは、屁理屈といっても間違いではない理屈なのだが、確かにその主張を聞く限りでは間違いないし、おそらくはそれを通してしまうのだろう。未来の弁護士のプライドにかけても。

 若干の不安は残るものの、本人がそう言い張るのなら良いだろう、と孝虎もそれ以上の突っ込みはせずに受け入れた。それから、その先を促す。

「で、二つ目は?」

「……孝虎に、迷惑をかけることになるかもしれない」

 二つ、と言っておきながら、もう一つはまだ躊躇しているらしく、春賀はそんな前置きをした。だが、迷惑を、というのなら、先ほどのお願いも結構孝虎の労力を必要とするお願いだったのだから、今更ではないか、と思うのだが。

「良いぜ。何?」

「一人、ヤキいれてもらいたい人がいる」

「……ヤクザの手で良いのか?」

「うん。ただ、殺すのだけは、しないで。殺人犯にさせるのはイヤだから」

「あぁ、まぁ、死んだ方がマシだと思える恐怖を与えるくらい、しょっちゅうやってることだしな」

 それを平然と言ってのけられるところが、やっぱり孝虎はヤクザの若なんだよなぁ、と思う瞬間なのだ。それも、今は頼もしいと思える。惚れられて、春賀も好きになった、両想いの相手だからではあるのだろうが。

「法に引っかからない手で痛めつけてやれば良いんだろ? で、相手は?」





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