21
目を覚ました春賀の目に、最初に飛び込んできたのは、孝虎の心配そうな顔だった。
はじめて見るくらいの大きなベッドの真ん中に寝かされていて、孝虎はその傍らに正座して春賀の目覚めを待っていたらしい。
目を開いて見返してきた春賀に、孝虎はようやくほっとした。固まっていた肩が落ち、目元に笑みが浮かぶ。
「気がついたな」
「気絶、してた?」
「しょっぱなから風呂場ってのも、考えものだったか。のぼせたんじゃないか?」
普通なら、快感で意識を吹っ飛ばしたのだと考えるだろうに、孝虎は問題の答えをそんな風に摩り替えた。
それが、春賀の笑いを誘っているのがわかって、春賀は素直に笑った。
腰の辺りに、多少の違和感はあるものの、二回も経験して知っているあの痛みとはまったく別物だ。気持ち良かった記憶が、春賀の心をあたたかくする。幸せを、実感する。
本当に、初めてだとは思えないくらいに、気持ちが良かったのだ。孝虎の逞しいモノが春賀を貫く感触が、癖になる快感だった。たぶん、最後のほうは、春賀の方から強請っていたと思う。
まだ、あの快感の余韻が春賀の中に残っていて、思わず浸ってしまった。孝虎が正座を胡坐に直して、春賀の夢うつつな表情を眺めている。
春賀も孝虎も、バスローブに身を包んでいる。気絶している春賀に、孝虎が着せてくれたのだろう。意識のない身体に服を着せるなんて、重労働だったろうに。
と、ふいに孝虎はもぞもぞと動き出し、ベッドから降りて寝室を出て行ってしまった。何も言わないで。どこへ行くのだろう、と春賀がその姿を目で追う。
戻ってきた時、孝虎の手には緑茶のペットボトルが握られていた。
「喉、渇かないか?」
それは、自分自身が飲みたいために持ってきたらしい。ベッドに戻ってきて、自分がごくごくと飲んだそれを、まだ寝たままの春賀に差し出した。
しばし、ぼうっとそのペットボトルを見つめた春賀は、それから、小さく笑い、身体を起こした。
風呂で、思った以上に水分が奪われていたらしく、お茶はするすると喉を入っていく。
お茶を飲んでいる春賀の隣に滑り込んで、孝虎は春賀に擦り寄った。タオル地のバスローブが二人分絡み合う。
「春賀」
「……ん?」
「幸せ?」
うん。
ごくん、とお茶を飲み込んで、春賀はついでのように頷いた。そして、隣に来てくれた彼氏の肩に、そっと頭を預ける。
「幸せ。良かった、孝虎の気持ちに気付いて。自分、誉めていい?」
「惚れた俺は誉めてもらえないのか?」
「ダメでしょ、教えてくれなかったんだから」
はっきり断言して、くすくすっと笑う。楽しそうな春賀に、孝虎はちぇっと舌打ちをして拗ねてみせた。それから、預けてくれた頭に、自分の頭を当てる。
甘い空気が、そこには確かにあった。
きっと、数時間前には二人ともすっかり諦めていた、幸せな一時。そして、おそらく、出来たばかりの二人でなくては作り上げられない、蕩けそうな甘い一時。きっと、来月にはこんな甘さはないんだろうな、と思えるほどの。
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