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 せっかくのスイートルームで、部屋は春賀のアパートよりも広いのに、孝虎はその玄関先で、先に部屋に入れた春賀に後ろから抱きついた。春賀は、びっくりして孝虎を振り返る。孝虎の方はすでに心の準備は万端なのだが、初心者の春賀にはついて来られないらしい。

 さて、どうやって促していくか。

 孝虎にとっても、実は相手がバージンというのは初体験で、若干悩むところではあるのだが。そんなことも、楽しめる余裕が、すでにある。孝虎が、孝虎本意の手順で、この先をすべてリードして良い、という太鼓判なのだ。どうせ、春賀には抵抗するくらいしか選択肢がないのだから。

「春賀」

 耳元でその愛しい人の名前を囁き、ついでにその耳たぶを齧る。びくり、と身体を強張らせたのは、食べられる恐怖からか、思わぬ快感の驚きか。

 別に、どちらでも構わないが。

「先に、風呂入ろう」

「ろう、って、一緒に?」

「イヤか? 男同士だろ?」

 卑怯なのは、孝虎も承知の上だ。女性が相手だったら、先に入っておいで、と促しただろう。だが、孝虎と春賀の間に、そんな下手な小細工が必要だとは、孝虎には思えない。それに。

「さっき確認したら、なかなか風呂場が良い造りでな。せっかくだから、温泉のモトでも入れてゆっくり浸かって来ようぜ」

 だって、総大理石の風呂なんて、滅多に拝めないぞ。そう言われて、春賀は孝虎の腕を抜け出し、バスルームへ走っていく。そんな子供っぽい行動をする春賀を、孝虎は楽しそうに笑って見送った。

『ホントだ〜』

 バスルームの方から、春賀のはしゃいだ声が反響して聞こえてくる。さっきも同じ風呂に入ったはずだが、きっと、そんなことに気づける心のゆとりはなかったに違いない。

 リビングにいつの間にか届けられている荷物をいじって、何やら怪しい液体の入ったボトルを手に取り、孝虎も春賀を追ってバスルームへ移動した。

 移動する途中で、湯船に水を張る音が聞こえてきた。春賀がやってくれたらしい。ということは、一緒にお風呂、は許可されたと見てよいのだろう。

 脱衣室の戸を開けると、慣れない手つきで脱いだスーツをハンガーにかける春賀に出くわした。来ることはわかっていただろうに、驚いた表情でこちらを振り返って固まっている。

 ごく薄いラベンダー色のシャツに透けて、春賀の細い身体が見える。女に比べれば随分とがっしりした男の体型だが、そこに見える骨ばった肩甲骨や肩の曲線が、色っぽいと思える孝虎は、随分と春賀にイカレているらしい。

「春賀。きれいな身体してる」

「……夏に見飽きてない?」

「うーん。チラリズムの色気ってヤツだな」

 わかるようなわからないような説明をして、孝虎は春賀の背後に立ち、その肩を抱き寄せる。

「透けて見えるから、こうして悪戯したくなる」

 そう言って、春賀の背中に手を滑らせる。一瞬、びくっと肩を震わせた春賀は、しかし、恥ずかしそうにそっぽを向くものの、されるがままに身を任せた。

 あまりにも従順に身を任されて、孝虎は少し困ったように笑った。

「抵抗しないと、ここで最後までやっちゃうぞ」

「……恋愛初心者としては、最初から最後までお任せしちゃいたいんだけど。ダメ?」

 それは、おそらく春賀にとっては、その言葉どおりの意味なのだろう。だが、孝虎はその言葉こそが見事に下半身直撃で。今まではただの悪戯だったのに、明らかに反応してしまう。それは、孝虎に抱かれていた春賀にもわかる、はっきりした反応で。

「……俺、なんか煽ること言った?」

「言った。そういうこと言うと、止まらなくなる、って」

「止まる必要が、あるの?」

「……ねぇな」

 突っ込まれて改めて考えてみれば、確かにないかもしれない。そして同時に、焦る必要もないのだ。時間は、たっぷりある。

 思い至って、孝虎はようやくその手を離した。

「スーツ脱いで、そのハンガー貸して。あと、先に風呂入ってろ。これ、クローゼットにかけてくるから」

 指示されて、言われたとおりにスーツをかけたハンガーを孝虎に渡し、春賀はなぜか、くすっと笑った。それは、大変余裕のある笑みで、少し悪戯っぽい表情にも見えて。

 まったく、翻弄しているのはどっちで、翻弄されているのはどっちなのか。キングサイズのベッドがしつらえられた大きな寝室に入っていきながら、孝虎は複雑なため息をつくのだ。





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