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 どうだよ、と孝虎が春賀の返事を促すと、しかし、春賀からは、さらに抵抗を示す返事が返ってきた。

「……でも、俺、女じゃないし」

「惚れた相手であることは一緒。惚れてる気持ちは変わりっこないし、それどころか、傷ついたはずの恋人を心配して、その強姦魔を殺したいほど憎むだろ? 自分にそれが出来るのなら、恋人の心を安らげてやりたいだろ? じゃあ、今の俺の気持ちもわかれよ。お前を幸せにしてやりたいの、俺は。出来ることなら、お前の心の傷を消し去ってやりたいんだよ」

 そんなことは無理だから、だったら傷に触らず、そっとしておきたいのだ。時間がその傷を多少癒してくれると信じて。

 それはもう、わかってくれない恋人に対する、孝虎からの訴えに他ならなかった。

「三年前のアレだけだったなら、俺が幸せにしてやるからもう忘れろ、って言えただろうさ。けど、今日この後春賀を抱いたら、今日の記憶を引きずり起こしちまう。春賀に、辛い思いはさせたくない。それこそ、俺に抱かれる幸せでその嫌な記憶を塗り固めてしまうことが出来るほど、春賀が器用なヤツだったなら、俺は躊躇なく抱いたと思うぜ。けど、春賀にはそんなこと、できないだろ。俺のやることと犯されたこととは別物になるだろ。だったら、辛い記憶を引きずり出して苦しめるだけだ。今日の今日、追い討ちをかけたくない」

 普段だったら、こんなに詳しく説明しないだろう。ヒントだけを与えて、後は相手に理解してもらう。春賀相手ならなおさらだ。察しのいい男だから、一、二を話せば全て理解してくれる。

 だが、今回だけは別なのだ。今の春賀に、そんな端折り方は通用しない。見事に勘違いされて、理解した。一から十まで話しても、八くらい理解してもらえれば上等だ。それだけ、春賀の思い込みは根が深い。

「だから、三つ目の選択肢は、今日は無し。また今度、な」

 それは、孝虎が考えうる限りの、いや、誰が考えたとしても、最善の対応策だった。時間に解決してもらう。それ以外に、方法はない。

 いや、孝虎の場合、犯人にこれ以上ないほどの厳しい報復をすることも、特に躊躇する理由もないし、赤子の手をひねるより簡単なのだが。これは、前回の件で春賀に止められているから、とりあえず遠慮している。

 だから、春賀の傷を治してやる方法は、時間の力を借りること以外に思いつけない。

 が、そんな説明を受けて、しばらく考えていて、なぜか春賀は拗ねた表情を見せるのだ。

「孝虎って、言い訳がうまいね」

「……はあ?」

「思ってもいないこと、説明するの、上手」

 アレだけ言葉を尽くして説明したことを、八割しか理解できない、どころか、まったく曲解されてしまったらしい。途端に、孝虎は、いけない、と思いつつも、頭に血が上った。

「春賀っ!」

「……孝虎、声大きい」

 孝虎が激昂するほど、反対に春賀は冷静になる。呆れた声で注意されて、孝虎は慌てて口をつぐんだ。そして、今度は声を潜めて、ついでに眉間に皺を寄せる。

「春賀。お前な。もう少し人の言葉を素直に受け取れよ」

「だって、どんなに言葉を重ねたって、今日の約束を破る事実は変わらないでしょ。イヤなんでしょ? 結局。俺に触るのが」

「お前を傷つけるのが、イヤなんだ」

「俺が傷つくなんて、どうしてわかるんだよ。やってもみないくせに」

「やってみなくたって、簡単に想像付くだろ」

「じゃあ、今の俺の気持ちはどうなるわけ?」

「……え? もしかして、期待してた?」

「……してた」

 二人とも、思わず黙る。

 孝虎は驚いて、春賀は孝虎が驚いたことに驚いて。

 そして、孝虎が驚いたことに気持ちが和らいだのか、今度は寂しそうな表情に変わった。

「だって、孝虎、デートだって言ったから。約束だった、って言ったから。きっと、孝虎は気にしないでくれたんだな、って。約束はそのまんまなんだな、って。さっきまで、すごく幸せだったのに。孝虎、ひどい」

 何だか、それを拗ねられるのは理不尽な気もしなくはない。孝虎の幸せにしたいベクトルと、春賀の夕方の一件から現在までの時間で消化した気持ちのベクトルは、微妙にずれていたらしい。孝虎の取り越し苦労だったなら一安心だ。もちろん、春賀が孝虎が心配したようにショックを受けるかもしれない、という不安ももちろん消えるわけではないのだが。起こってもいない未来を心配する孝虎が、春賀にはもどかしかったのか。

 春賀の言葉は、未来を心配するより、現在を満たして欲しい、と、そんな風に、読み取れる。

「……それ、本気で受け取って良いのか?」

「冗談でこんなこと言わない」

「この後、お持ち帰りアンドお召し上がり、で、怒らない?」

「このまま放って置くなら、怒るかも」

「……今日のこと忘れるくらい、ものすごいこと、してもいい?」

「それ、期待しても良いってこと?」

「まぁ、そうなるかなぁ」

 普通なら、睦言の一環で囁かれるような言葉を、素で尋ねられて、孝虎は思わず苦笑してしまった。孝虎と違って、春賀の恋愛偏差値は結構低い。それはそれで、楽しい気もする孝虎だった。

「じゃ、第三の選択肢、採用」

 そう、誤魔化した孝虎に、春賀は、当然でしょ、という表情で肩をすくめた。





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