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 孝虎が言う大盤振る舞いは、所詮庶民である春賀の予想をはるかに超える贅沢だった。

 犯され穢され土の上に転がされてボロボロな姿の春賀を、そんなことにはまったく頓着せずにそのままの格好で連れ込んだ先は、都内一流ホテルのスイートルームで、しかも、元々その予定だったらしくすでに用意されていた正装に着替えてエスコートを受けたのは三ツ星フレンチレストラン。予約席に案内されて、ほとんど待たされることなく振舞われたフルコース。

 しかも、孝虎のエスコートは完璧で、戸惑っている春賀など、戸惑っていることすら態度に出す余裕もなく、見事に流されてしまった。

 流された、とはいえ、孝虎が春賀を退屈させることはまったくなかった。食事をしながら、普段どおりに世間話を楽しみ、春賀の気を紛らわせてくれる。

 やがて、デザートが用意されると、ようやく孝虎は春賀に現在の感想を要求した。

「どう? フレンチのフルコース。美味かった?」

「……うん。っていうか、そうだよね。フルコースだよね」

「わかってなかったのかよ」

「……ちょっと微妙」

 デザートのシャーベットを食べるために出されたアイススプーンを口にくわえたまま、春賀はまだぼんやりした様子でぼんやりした答えを返した。そんな春賀に、孝虎は思わず吹き出す。

「のんびりしてるなぁ。まぁ、春賀らしいっちゃ、春賀らしいか」

「俺らしい?」

「春賀の感覚は、どこまでいっても小市民だな、って話さ。春賀に会う前の、俺の歴代の彼女たちの感覚じゃ、フレンチフルコースなんて当たり前、だったぜ」

「悪かったね、庶民で」

「悪くないさ。経済的でありがたい。気も使わなくて済むしな」

 今までの彼女と、春賀を比べてみせたのも、実は今回が初めてだ。そもそも、昔の交際相手のことを孝虎が口にしたことすらも初めてで、そんなゴージャス女を相手にしていたこと自体、春賀には初耳だった。だから、春賀は素直に、へぇ、と感心してみせた。

「俺も、孝虎に慣らされて、フルコースなんて当たり前、って態度になるかもよ」

「ないね。断言しても良い。だって、お前、俺の経済力知ってるだろ? その時点で、今の反応はありえねぇぞ、普通」

 それはもう、得意げに断言されて、理解されていることに喜ぶべきか、庶民の太鼓判に悲しむべきか、春賀も悩んでしまう。孝虎は楽しそうに、笑っていた。

 それから、不意に孝虎が真面目な表情を向ける。

「春賀。この後の予定だけど、夜景のきれいなカクテルバーで飲むか、部屋に戻って早々に寝るか、どっちがいい? お疲れの春賀さんには、どっちもオススメ」

「選択肢、足りなくない?」

「ん? ……当初の予定? 春賀自身がその気なら、俺に異存はないけどな。今日の今日じゃ、イヤだろ?」

 ま、そのためのスイートだったんだけどな。そんな風に茶化して肩をすくめる。孝虎が言うそんな言葉に、春賀は少し寂しそうに俯いた。寂しそうな表情であることに、孝虎は途端に慌てたのだが。

「そうだよね。イヤだよね、今日の今日じゃ」

「……春賀? 勘違いしてないか?」

「してないよ。他の男に抱かれたその日に、したくないでしょ?」

「わかってねぇじゃん」

 モノの見事に勘違いを自信たっぷりに断言されて、孝虎はすかさず突っ込んだ。

 全面的に被害者である自分を、春賀は認識していないらしい。自分が受けた心と身体の傷よりも、孝虎の機嫌を損ねることを先に気にしてしまっている。孝虎が春賀をどれだけ思っているのか、どれだけ心配しているのか。わかっていないらしい。

 それはしかし、約束をした先週末に、すでに何となく想像は付いていたことだった。全面的に被害者である自分を、「どこの誰ともわからない男のお手つき」と言ってのけたのだから。孝虎が春賀に惚れていることには気付いたのだから、惚れた相手を傷つけられた男の気持ちもわかって欲しいものだったのだが。

「あのな。俺は、お前に惚れてるの。本当にわかってるか?」

「うん。知ってる」

「わかってねぇって。じゃ、春賀だったら、惚れた女が行きずりの男に強姦されたとして、どう思う? その女を抱けなくなるのか? 恋心が、そんなもんで消えるのか?」

 聞かれて、春賀は、う、と唸った。考えもしていなかった視点だったらしい。そんなとぼけたところも含めて春賀だと思っているから、別にそれがイヤだとも思わない孝虎だが、いい加減、自分の気持ちだけは理解して欲しいとも思っているのだ。

 それは、まだ春賀の心が落ち着いていないから、というわけではなく、ただ単にそういう視点を春賀が理解していないだけの話だ。鈍感なのだ、意外と。本人は、人の気持ちに敏感だと思い込んでいるが。

 それに、春賀自身が、自分の価値をわかっていない。孝虎が春賀に惚れているとは知っていても、そう思ってもらえるだけの価値を自分に見出していないから、自分を際限なく過小評価する。自分のことなど、誰も何とも思っていない、と思い込んでいる。それは、彼が成長する過程で、そう思わないと生きていけない環境にあったせいなのかもしれないが、それにしても、そろそろその価値を理解してくれて良い頃だ。





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