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 その一週間は、孝虎の二十二年間の人生で最も長く、しかし、過ぎてみればあっという間な一週間だった。

 何しろ、恋を自覚した瞬間に成就を諦めた、難攻不落過ぎて攻略することすら放棄していた想いが、向こうから叶えられてしまったのだ。浮かれるなと言う方が無茶というものだ。

 春賀とて、悩まなかったわけではないのだろう。わかったのは去年の夏、決心したのは今年の夏、とはっきり宣言したのだから、孝虎の気持ちを認識してから受け入れるまで、たっぷり丸一年あったということだ。

 気付かなかった自分に情けなく思うものの、気付かせずに悩み続けてくれた春賀の気持ちが、素直に嬉しい。

 大目に見てくれる、などと嘯いては見たものの、若頭としての責任感か、生まれ持った性分か、日曜の夜にすべき仕事はすべて前倒しに片付けていた。普段なら、ほとんど常にそばに控えて、たまには小言の一つも言ってくる中村が、快く送り出してくれたほどだ。

 今日は、付き人は愛車を運転する勝元のみだった。珍しいこともあるものである。

 約束は七時だったが、待ちきれずに、孝虎は六時頃には湯島近辺にいた。

 そわそわと落ち着きがない孝虎を、孝虎が愛用するシーマの運転席で、勝元は微笑ましげに見守っている。

 六時を十分ほど過ぎた頃だった。

 孝虎の携帯電話が、軽快なマーチング音楽を高らかに鳴らした。春賀からの電話でしか鳴らない着信音だ。

 約束の時間まで、まだ五十分もある時刻である。孝虎はさすがに驚いて、慌ててそれを受ける。

 電話の向こうから、聞こえてきたのは春賀の泣き声だった。

『孝虎っ! 助けてぇっ!!』

「はるかっ!?」

 自慢ではないが、友達として付き合い始めて今の今まで、孝虎は春賀の泣き声など聞いた覚えがない。その春賀が、泣いて助けを求めてきたのだ。孝虎の気が動転してしまうのも無理はない。

 が、一方で、修羅場に慣れた孝虎の耳は、携帯電話がかすかに拾うわずかな音も聞き逃さないのだ。

『電話で助け求めてんじゃねぇよ、てめぇ。大人しくヤられてやがれ、淫乱』

「場所はっ!?」

『いやっ! やめてよぉ!! 孝虎っ、さんし……』

 ブツッ。

 春賀の抵抗する声と、きっと場所を伝えてくるはずだったのだろう言葉が、途中でぶち切られてしまう。

 ブッツリ切られた音に、瞬間的に思考を止められ、孝虎は通話の途切れた携帯電話を見つめた。そして、その意外によく働く頭をフル回転させ始めた。

 最後に言いかけた言葉は、『さんし』。それは、春賀の身辺に存在するモノの名前のはずで。

 考えていたのは、三秒に満たないくらいのわずかな時間だった。

「勝元。本郷だ。東大の、三四郎池」

「はいっ」

 湯島の狭い路地を流していたシーマは、突然タイヤをキュキュッと鳴らし、大通りに向かって猛然と走り出した。

 春日通を抜けて付属病院方面へ、龍岡門を潜り抜けて、大学構内へ入っていく。夕方早い時間で門が閉められていないのは、運が良かったというべきだろう。一応、関係者以外立ち入り禁止の立て看板はあるものの、構っていられる場合ではない。

 グラウンド横に車を止めると、孝虎は後部座席から転がるように降り立ち、三四郎池を目指して一目散に走り出した。





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