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 表向き、二人を取り巻く世の中はいたって平和だった。

 春賀が東京に戻ってからは、いつも通り毎週末のデートは欠かさず、二人の態度も休み前と変わらない。

 中村から孝虎へは、その後特に何の報告もなく、一方の春賀の孝虎に対する態度は多少そっけなく感じられるものの、大きな試験を控えた身では違和感を感じることでもない。

 それどころか、司法試験を控えた身でありながら、平日の夕方から夜にかけてはコンビニバイトを続け、土日は孝虎と日中遊び呆けている春賀が、その立場にしては反対に不自然ですらあった。

 お陰で、その一週間前になるまで、孝虎は春賀の司法試験の日程などまったく知らなかった。春賀のことであるから興味はあるのだが、そのためにわざわざ調べる労力を使っている余裕も余力もなく、春賀の態度が余裕綽々なので、心配する機会すらなかったわけだ。

「でね。来週、司法試験で出かけなくちゃいけないんだ」

「……初耳だぞ」

「うん。言ってなかったから」

 それは、今流行の映画を見た帰り道のことだった。驚いた孝虎に、春賀の返事は実にそっけない。が、春賀よりは余程一般的な感覚を持っている孝虎は、本人が焦らない分、勝手に焦ってしまった。

「おいおい。今こんなとこにいて、大丈夫なのかよ」

「今更慌てたって、大して差はないよ。それより、孝虎とデートして気を紛らわしてた方が、リラックス効果満点で効果的」

 それはそれは、まるで天才的な思考回路で得た結論のようで、孝虎には理解しがたい。思わず眉を寄せてしかめっ面をみせた孝虎に、春賀はぷっと笑い出した。

「なんだったら、ここで憲法前文暗唱しようか? こないだ判決が出た旧日本軍化学兵器流出による障害訴訟の判例を説明しようか?」

「……聞いても俺にはわかんねぇよ」

「そういう問題をいきなり振られても即答できるくらいには準備できてるよ、ってこと。聞かせてもわかってもらえないのはわかってるよ」

 わかってる、と言われると、これまた何だか悔しくなってしまうのだが、司法というものは、結局のところ専門家にしかわからない領域で、孝虎も大人しく引き下がる。

 引き下がるが、それにしても来週が試験だと言うのなら、こんなところで遊んでいる事実が心配だ。

「俺に何か手伝えることはないのか?」

「うーん。一つだけ、あるにはあるけど」

 そうやって濁しながら、春賀は繁華街の人通りの多い道をすてすてと先に歩いていく。追いかけていきながら、孝虎は春賀の返事を待つしかない。

「一つだけ、って何だよ」

「ん〜。孝虎、絶対に『わかった』って言ってくれる?」

「……モノによるぞ」

「だよね」

 だから悩んでいるのだ、と言外に言う。とはいえ、悩んでいる時間は、トータルにしても2、3分程度だ。

「孝虎が『わかった』って言ってくれないと、試験に落ちるかも」

 今度は、春賀が孝虎を脅す作戦に出たらしい。よく考えずとも、それはカタギがヤクザを脅すわけで、なんだか立場は逆なのだが、それが春賀と孝虎に限っては、意外と多くありえる話で。孝虎はそんな頑固な春賀に、結局は折れてしまうのだ。いつもの通り。

「わかったよ。わかった」

「まだ何も言ってないけど?」

「揚げ足取んなよ。了解しました。だから、そのお願いってヤツを言えよ」

 基本的に、孝虎は春賀に弱い。常に付き従っている中村などの、周りの人間から見れば、惚れた弱みにも見えるのかもしれない。が、本人たちはこれが普通だ。

 そもそも春賀は、血筋のせいか、意外に押しが強く、しかも強い立場の人間に対する甘え方や交渉のタイミングの取り方は、天賦の才能を感じさせる。一方の孝虎は、ヤクザの跡取り息子とは一見して見えないほど、物腰が柔らかく、人当たりが良い。二人の相性は、中村が言うまでもなく、神様ですら引き離せないほどピッタリなわけなのだ。





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