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降り立った駅のホームで、そこにある看板を見上げ、春賀は苦笑を浮かべた。
分かっていたことではある。手荷物の中にしまいこんである、出せなかった手紙の宛て先も、「静岡県静岡市」だ。
清水市、じゃなくなっちゃったんだなぁ。
そんな、気持ちだった。
時間数オーバーすることもなく、最短日数で自動車学校を卒業し、春賀は予定通り、実家のあるこの街に戻ってきた。
市の名前は変わっても駅舎はもちろん変わることなく、慣れた足取りで改札を出た春賀は、しかし、そこでふと立ち止まった。
目の前に見える人影に、驚いた。
「中村さん?」
「あぁ、橘さん。良かった、間に合いました」
ここにこの時間にいることは、親を含め、誰にも言っていないはずだ。そこに、東京にいるはずのこの人がいることに、春賀は実に不思議そうに首を傾げる。
春賀が驚くことは、当然予想済みだったのだろう。中村はこちらに近づいてくると、深く頭を下げた。
「すみません、つけ回すような真似をして」
「いえ、それは別に。……どうやったのか、教えていただけます?」
「甲府駅のみどりの窓口で、ガラの悪い男とすれ違いませんでしたか?」
「あぁ、そういうことですか」
つまり、切符を買うところを傍で聞かれていたらしい。納得できればどうということもないもので、春賀はあっさりと警戒を解いてしまった。
どうやら、孝虎と友達になったことで、組の人間も身内と認めてしまっているらしい。そこは警戒するべきところなのだが、と中村は苦笑してしまう。
「でも、どうしたんですか?」
「若の目のないところで、折り入ってお話させていただきたく、参上しました。少し、お時間よろしいですか?」
「うーん。……二本先に行きつけの喫茶店があるんです。そこで良いですか?」
ちなみに、春賀は大学生らしいラフな格好だが、中村は見るからに怪しげなスーツ姿だ。町行く人が怪訝な表情でこちらを伺って去っていく。
春賀の態度が実にあっさりしていることで、絡まれているわけではなさそうだ、と見て取ったのだろう。通りかかった自転車の警察官も、こちらを警戒しながら通り過ぎていった。
「あの。私、目立ってますか?」
「田舎ですからねぇ。中村さん、都会人らしく垢抜けてらっしゃるから、珍しいんじゃないですか? ……あ、バッチは取って下さいね。いらない喧嘩は買いたくないので」
実にのほほんとした態度で、さっぱり気にせずに春賀はさっさと歩いていってしまう。後を追って、中村は軽く肩をすくめた。
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