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 智紀が和樹を抱き上げて戻ってきたのに、一人夕飯の支度をしていた祖母は、さすがに驚いたらしい。
 一瞬眉を寄せて二人を引き離しかけ、その格好が、和樹が智紀に抱きついている、という形なのに気づいた。
 それならば、仕方がない。和樹が眠りにつくまでは、目をつぶっておくしかないのだ。

 居間へ行くと、すでに食事の支度が四人分、整っていた。

「さ、和樹の席はどこかな?」

 ずっとすがり付いて離れない和樹を抱いたまま、部屋に入る。それぞれの席を見下ろそうともしない和樹の、智紀の左肩に乗せられた頭に、囁き声を寄せる。

「ここかな?」

 それは、以前この家にいたときには祖父の席だった、床の間を背にした一番広い場所だ。
 今はおそらく、父が受け継いだのだろう。
 そこに降ろそうとすると、和樹は嫌がって首を振り、落ちないようにさらにしがみつく腕に力を入れる。

 次に、さらに隣の、台所側とは反対側の席に進むと、こくこくと二回頷いた。
 そこは、前と変わっていないらしい。座布団を足で引き寄せてそこに降ろすと、今度は素直に手を離してくれた。

 自分の居場所がないことはこの食卓を見れば一目瞭然なので、智紀は邪魔にならないように、部屋を出ようとする。
 玄関に近い擦りガラスの障子戸を開き、和樹がちゃんと食事をするか心配で振り返った。
 そこで、今にも泣き出しそうなほど不安そうにこちらを見つめている和樹と、目が合った。
 行かないで、と目が訴えている。

 二人がそんなやり取りをしている間に、他の三人はそれぞれにいつもの席に腰を下ろしていた。
 和樹の向こう側にいる父の目は、智紀に、出て行け、と告げていた。

「和樹。ちゃんと飯食えよ。兄ちゃんは外にいるから」

 和樹を甘やかしてやりたいのも、そばにいてあげたいのも事実だが、この部屋には、和樹以外に智紀の存在を容認してくれる人がいない。
 そんな場所で無理に留まっても、自分には耐えることが出来ても、和樹が居心地の悪い思いをする羽目になる。
 それは、今の和樹の精神状態に対して、望ましい環境では決してない。

 自分の存在がない不安と、部屋の悪い雰囲気と、どちらがマシなのかは智紀にも最善の判断が難しい問題なのだが、智紀は前者を選ぶのだ。
 今まで和樹を支えてきた家族である。自分がいない程度で和樹に悪い影響を与えることもあるまい。

 今にも泣き出しそうな和樹をそのままにして、智紀はそのすがるような視線を振り切り、部屋を出る。
 そうして、ざわめく胸中を落ち着かせるために大きく深呼吸をし、玄関を開けた。

 空には満天の星が瞬いていた。

 喪服の胸ポケットから、和樹に抱きつかれていたせいで潰れてしまったタバコの紙箱とライターを取り出す。
 大学生の頃から吸い始めたそれは、海外ボランティアに出ていた期間は禁煙できていたはずなのに、戻ってきた途端に復活している。
 身体に悪いことはわかっていても、やめられないのだ。これがないと、手持ち無沙汰でいけない。

 ほう、と白い煙を吐き出す。

 初夏の夜風が目の前にある広い庭の上を通り過ぎ、煙を拭い取っていく。

 東の空だけ異様な明るさを見せているのは、都心部のネオンが空に吸い込まれているせいだ。
 都心に住んでいると気がつかないのに、こうして実家の見慣れた景色から遠巻きに見やっていると、その異常さが目に付く。
 本当の夜空はこんなにも暗く、星がこんなにも多く瞬くことを、再認識する。
 これでも、首都圏内であるからかなり明るいのだが。

 もう、都会の色に染められてしまっているのだ。
 だから、田舎が恋しくなる。
 田舎暮らしの若者が都会を夢見るのと、同じだ。
 隣の芝は青く感じる。どちらの生活も一長一短で、本来は比較して羨むようなことでもないのに。

 携帯灰皿に灰を落として、吸い込んだ煙を吐き、智紀はふと、口の端に笑みを乗せた。

 何を偉そうに感慨に耽っているのやら。大事な弟の身に起こった悲劇も察知できなかったくせに。

 その笑みは、自分を嘲笑っているかのようであった。





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