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 この人は、安心できる、と判断できたのだろう。

 ぴったりとそばに寄り添って、その肩に頭を預けてくれる和樹を促して、智紀は部屋を出た。
 そろそろ、親戚もいなくなっている頃だ。ちゃんと祖父のお参りをしていない和樹を連れて、仏間へ移動する。

 智紀が和樹を連れているのに、家族の全員が敏感に反応した。

 智紀と和樹を引き離すのが目的で、智紀を追い払ったのである。その二人がそばにいるのだから、咎めて当然の事態だ。

 だが、父親が口を開きかけるのに、智紀はすばやく視線で黙らせた。不安そうな目で見上げる弟に、優しく微笑んで返す。

「大丈夫。何でもないよ。
 ほら、祖父さんが待ってる」

 こくん。
 和樹が智紀の声にちゃんと頷いたのに、じっと息子たちを見守っていた両親が、驚いて目を見開いた。
 誰の言葉にも、しばらく考えてあいまいな返事を返していた和樹である。それは、かなり驚くべきことだ。

 智紀と和樹は、二人横に並ぶと、智紀が二人分の線香をあげ、一緒に手を合わせた。
 和樹の行動が、ちらちらと兄を見ながらの見よう見まねであるのは、お参りの手順すら良く考えないとわからない、そんなせいだったのだが、それでもちゃんとお参りができて、しかも、良くできたね、と兄に誉められて、嬉しそうに笑う。

 弟を誉めてやって、両親の視線に気づいた智紀は、和樹に不安を感じさせないようにゆっくりと深呼吸をした。

「和樹。飯は?」

 ふるふる。首を振る。
 それを受けて、いちいちちゃんと頷いてやるのは、和樹の返事を受け取った証拠のためだ。

「祖母ちゃんに飯食わせてもらっといで」

 誰に、何を、どうしてもらう。
 それだけの情報を、間違いなく簡潔に伝え、ぽん、と弟の背中を押す。
 勝手を知っている自分の家だ。和樹は不安に思うこともなく、台所へ走っていった。

 和樹を見送って、代わりに両親が仏間へやってくる。

「智紀。お前……」

「し。和樹に聞こえる」

 咎めるような強い口調の父親の声に、智紀は声を潜めた。
 襖を閉めて、両親に座るように促す。

「お父さん、お母さん。ただいま戻りました」

 今更だろう、というようなタイミングだが、そう挨拶をして、深々と頭を下げた。
 そうして、両親の言葉を待つ。

 父も母も、二の句が告げなかった。本当に、今更なのだ。
 何を最初に言っていいのか、わからない。言いたいことが多すぎて、言葉が出ない。

 その二人を見ていて、また、智紀は頭を下げる。

「お父さんたちに話をしないまま和樹に会ってしまったのは、謝ります。和樹のことは、徳永に聞きました」

「和尚さんに?」

「いえ。息子に。中学の同級生ですから」

 あぁ、なるほど。そう、頷く。
 同年代なのだから、ありえる話だ。

 それから、息子が、ちゃんとわかっている上で和樹に会ったこともわかって、少しだけ態度を軟化させる。

「わかっていて、会ったのか。よくその顔を和樹の前に出せたものだな」

「反対に、教えてもらったからこそ、会いました。本当なら、その姿を影からちょっと見せてもらって、帰るつもりだった」

 それは、本心だ。
 だから、こんなに遅くまでこの家にいることも、予定外である。
 この時間まで家にいては、今の自宅に帰ろうにも、すでに最寄り駅へ出るバスがない。

「二人に、お願いがあります。この家に、帰って来てはいけませんか? 和樹を、助けてあげたい」

「和樹を助けたいなら、帰ってこないことが賢明な判断ではないのか。お前に何ができるというのだ」

 それは、今まで智紀のいない生活をしてきたからこそ、辛い日々もこの長男無しで過ごしてきたからこそ、口をつく言葉である。
 それには、智紀も否定をしようとは思っていない。ここにいられなかったこと、海外へ行っていた事は、智紀も考えても仕方のないこととはいえ、悔やまれてならないのだ。

 だが、何ができるのかといえば、家にとりあえず閉じ込めておくだけよりは、何かはできる。

「家を空けていたわずかな期間ですが、いろいろと経験して、今、臨床心理士を目指して勉強しているところです。少しは、役に立てると思います」

 今も、某大学病院でメンタルサポートボランティアをしながら、さらにバイトもして受験料や学資金をためながら、勉強中だった。
 険しい道だが、今の日本にこの資格を持つ人間は、求められていると思うのだ。

 海外で、戦争によって心や身体に傷を負った子供たちを間近に見てきたからこそ、これが自分の天職だ、と思っている。

「そんな勉強中なら、なおのこと、ここで時間をとられている場合ではないのだろう」

「時間をとられるとは思いません。反対に、俺にとっても経験になるし、和樹にとっても社会復帰の近道になれるかもしれない。今は、借りられるものなら猫の手だって借りたい状態なんじゃないんですか? 俺は、和樹を助けたいんです。血の繋がった兄弟だし、それに、今でも愛してるから」

「あい……っ! 智紀! お前……」

 とんでもない告白に、父親が声を荒げかけ、はっと智紀の背後に気がつく。その父親に促されて振り向いて、智紀も少し困った顔になった。

 そこに、和樹が立っていた。立ち尽くして、泣いているのだ。声も出さずに、涙だけをぽろぽろと流して。





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