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 智紀が実家を勘当された理由は、和樹との関係だった。

 実の兄弟であるはずの二人は、両親の知らない間に、恋しあう仲になっていたのだ。

 それが、お互いにもう大人になった時分であったなら、当然猛反対を受けることはあるだろうが、それが即「勘当」という処置になることもなかっただろう。

 問題だったのは、その当時の和樹の年齢が、まだ小学六年生だった、ということなのである。

 智紀とて、そんな年端も行かない子供の、しかも同性の、実の弟に、まさか惚れてしまうとは思っていなかった。
 当時、当たり前の認識にのっとって、抵抗したのである。
 であるが、それでも恋する気持ちは募るばかり。
 加えて、和樹にも勢いあまって気持ちを打ち明けてしまった上に、これは本当に不可抗力だったわけだが、和樹がその気持ちに対して拒否を示さないどころか、嬉しいと受け入れたのが決定的だった。

 お互いに想いを確かめ合って、正式に恋人として付き合い始めてからも、さすがに良心の呵責には耐えられず、その当時まだ大学生だった智紀としては最大限の努力の結果、肉体関係に至ることにはさすがにならずに、両親にその関係を暴かれ、引き離された。

 智紀と和樹の関係は、結局、キスをする程度で止まっていたわけだ。

 そうは言っても、兄弟である。同じ屋根の下に暮らしていれば、それ以上のことに及ぶのも時間の問題だろう。

 したがって、とっくに成人した兄を追い出し、まだまだ幼い弟を守ることで、両親は危険を回避したはずだった。

 それがまさか、和樹の心を通常考え得る以上に傷つけてしまうことになるとは、一体誰が予想しただろうか。

 所詮は他人ながら、家の事情に深く首を突っ込まざるを得ない立場である旧友が明かした話は、両親に引き離されて自らも日本を離れて頭を冷やそうとしていた期間に、和樹を襲ったとんでもない悲劇の、客観的に見た一部始終だった。

 和樹は、中学校を三校経験している。

 一校目は、地元の中学校。智紀も中学生の時分に通った母校である。
 そこで、和樹はとんでもない体験をすることになったのだ。

 何しろ、兄である智紀すら目を奪われた美貌を持っている和樹である。
 智紀が惚れた理由はもちろんそれだけではないが、それでも、全くないとは言い切れない。
 整った顔立ちに、中学生ではまだまだプリップリの肌。女の子ですらうらやむようなその美貌は、思春期という微妙な年齢にある中学生には目の毒だったようだ。

 同じ学校に通っていた、不良少年たちの慰み者になってしまったのである。

 その時、和樹を助けてくれたのは、下校時刻後の学内を点検して回っていた用務員だった。
 すでに事に及んだ後で手遅れだったわけだが、それでもその身体を傷つけたのが一人だけであるうちに、現場に踏み込み、そこにいた少年たちをとっ捕まえることができたわけだ。

 とはいえ、そんな恥ずかしい行為を身に受けた立場では、学校に残ることもできず、和樹は心に大きな傷を負ったまま、バスと電車を乗り継いで一時間ほどの私立中学へ転校することになった。

 ここでも、和樹は悲惨な体験をする。
 心の傷が癒えないままの和樹が、みんなに溶け込めるように明るく元気に、などとできるはずもなく、いじめの対象になってしまったのだ。
 ただでさえ、学力が入学審査に大きく影響する私立中学に、途中から転入試験を受けて入った事からもわかるように、頭が良い。
 懸命に勉強して上を上を目指していた学友にとっては、正に突然やってきた目の上のたんこぶ。邪魔な存在でしかなかったのだ。

 そして、またも、興味半分に貞操の危機にさらされ、実際には服を脱がされただけでそれ以上のことはなかったものの、和樹の心に恐怖心を焼き付けるには十分だった。

 その中学も逃げるように辞めた和樹は、それでも義務教育は受けなければならないという家族の指示に従って、不登校やらいじめやらで地元に通えない中学生を集めた寮完備の予備学校に通うようになる。

 これが、決定打になった。

 後から聞いた立場では、そんな状態の子を寮に入れるなどとんでもない、と智紀は思うのだが、和樹は自らに鞭打って頑張って学校に通い、より弱い子をいじめの対象にしてしまうその年代特有の社会体制に絡みとられ、またしても身体の関係を迫られ、強要され。

 すっかり疑心暗鬼になって寮に閉じこもった和樹は、迎えに来た両親に、そんなことをした相手を打ち明けたものの、逆に「うちの子に限って」「お宅の子が誘ったんじゃないの」などといった、心無い一言に叩きのめされた。

 結局、和樹は中学の卒業証書を手にすることはなかった。

 和樹がそこまでショックを受けたのは、何も、同年代の男たちからそういう対象に見られてしまう、それだけの理由ではない。

 そもそも、最初にそうやって引っ掛けた相手が、兄だったのだ。血を分けた兄ですらもそんな気にさせてしまう人間なのだと、そう考えてもおかしくない前提条件だった。

 智紀がその場にいたなら、絶対に守ってやれたはずである。

 だが、それだけの体験をした和樹は、誰に相談することも出来ずに、自分を責めてしまったのだ。
 両親からは、兄との関係を猛反対され、兄は自分のせいで家を追い出されてしまった。さらに、他の人間に対しても、自分が何か悪い影響を与えてしまっているのだ。だから、自分は生まれてきてはいけないのだ。
 そう判断してしまったのだとしても、おかしいことではない。

 今でこそ部屋に閉じこもって日々を暮らしている和樹だが、この生活もまだここ半年のことだった。
 最後の学校から戻ってきた直後から、約一年間、入院していたのである。

 何しろ、最初の頃は、自分で生命維持活動ができなかったのだ。
 言葉を話さないだけではない。食事をしない、自ら排泄をしない、呼吸すらもしなくなる、その瞳には何も映すことがない。
 そんな状態の人間を、一般家庭に置いておく事は不可能だった。

 精神病棟で約半年、生命維持装置に囲まれて、反応のないカウンセリングを受けながら、家族の献身的な介護に支えられて、何とか命をつないだ和樹は、ようやっと、自ら生きる意志を持てるようになって、更なる問題に直面した。

 何も考えられなくなっていたのである。

 ちなみに、脳波には何も異常がない。

 心が、考えるというその行為を拒否したのだ。

 それから半年は、医師や看護士、家族の気の休まる時がなかった。
 何もしない日はまだ良い。
 日がな一日泣いていたり、目が覚めてから眠るまでずっと同じ歌を歌い続けていたり、そうかと思えば、癇癪を起こしてみたり。
 考えられないことに苛ついて、自分の頭を血が出るまで殴り続けたこともあったという。

 ようやく、自分の意思を表現することができるようになったのが、つい半年前だった。
 良い、悪い、わからない、の三種類から、自分の意思を選び出す。
 いまだにそれが精一杯だが、それでも自傷行為に走ることもなくなり、入院している必要がなくなって、退院の許可が下りた。

 最近では、家の中に閉じこもってはいるものの、人気のなくなる夜中には庭に散歩に出るようにもなったし、家の中にいるときも絵本やら漫画本やら写真集やらを、自発的に眺めるようになったのだという。





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