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 彼らの視線の先で、店内にウエディングドレスで現れた時と同じく、おっとりした雰囲気の美青年に手を引かれて和樹がこちらへやってくるのが見えた。彼らと別の場所にいた智紀も声をかけられたらしく同時にこちらへ足を向けている。

 やってきた和樹がまずにこっと笑って見せた相手は住吉だった。

「オーナー。今日はこんな盛大なお祝いをありがとうございます。このドレスもオーダーメイドだってはるかさんに聞きました。一度しか着ないのに、良かったんですか?」

「あぁ、よく似合ってる。ウエディングドレスなんてもんはどうせ一生に一度しか着ないだろ。いらなきゃ買い取りルートも紹介するぞ」

「売らないですよ。大事な思い出の品ですもん。しっかりタンスの肥やしにさせてもらいます」

 それは良い意味で使う言葉じゃないぞ、と明後日の方を向いて突っ込む恋人に、和樹はわかっていてその言葉を選んだようでくすくすと楽しそうに笑って返す。住吉にもその冗談は通じたようで、そりゃ良かったとこちらも笑って応えた。

 後は家族でゆっくり話せとばかりに住吉が春賀と共に立ち去っていく。後姿を見送って、和樹はようやく両親に向き直った。

「お父さん、お母さん。今まで育ててくれてありがとう」

「……まるで嫁入りする娘の台詞だな」

「だって、そのつもりだもの。それに、お嫁に行っても両親の子供であることに変わりはないよ」

 普通の家庭の嫁入り娘であっても、家族が近所に住んでいるのであれば度々顔を見せるのは普通のことだろうし、家族づきあい親戚づきあいに変わりはない。それと同じことだと和樹は主張するわけだ。
 今でもすでに住む場所も世帯も離れていて、戸籍が同じというくらいしか繋がりのない関係だが、家族であるのに違いはないのだから。

 だがしかし、この父親にとって和樹の言葉はやはり根本的に間違っているとしか思えないのだ。そもそも和樹は山梨家の長男なのだから。

「お前は息子だ。娘じゃない」

「そこはまぁ、否定しないけど……」

「しかもうちの長男だ。結婚して子供を作って次代を育てる義務があるだろう?」

「今時一般中流家庭で家督相続とかこだわってる家はそうないと思うよ。継ぐべき家業もないし、未来に引き継がなきゃいけないような土地建物やら伝統やらがあるわけでもないし」

 両親が建前を振りかざすから、和樹も建前で対抗する。
 母は相変わらずはらはらと夫と息子の口論を見守るだけで口を出さず、智紀も和樹が主張するなら自分は出しゃばらないつもりで口をつぐんでいたから、父と和樹だけの言い争いの様相だ。

 舌戦は続く。

「男同士で乳繰り合うなど、非生産的すぎる。ばかばかしいにもほどがあるだろう」

「確かに非生産的かもしれないけど、そもそも生産する気がないんだから結果は同じでしょ」

「世間体が悪いと言っているんだ」

「他所は他所うちはうち、って教えられて育ったのに、いまさら他所の目を気にしろだなんて、矛盾してる」

 これには父も反論のしようがなかったらしい。むっと黙り込んでしまった。
 そうして気が付けば周囲が妙に静かで、この親子喧嘩にみんなが注目しているのにまで意識が向いた。途端にバツの悪い顔になる。

「……これ以上何だかんだと反対すれば、私一人が悪者のようではないか」

「子供を心配する親としては当然だと理解はしてるけど、僕はそれでも心からお父さんに認めて欲しいと思ってるよ」

 その一言が決定的だった。

「……心からとはまだいかんが、どこの馬の骨とも知れん他人とは違って相手はこの不肖の甥っ子だ。妥協しようじゃないか」

 今まで散々反対してきた人の妥協の言葉にしてはあっさりしすぎていて、和樹はすぐにはそれを理解できなかったようだ。きょとんとした顔で父を見つめる。

 代わりに盛り上がったのは周囲だった。祖母や叔母、高校の友達が口々に祝福を述べ、智紀が和樹の横にそっと寄り添って頭を撫でて。

「ホントに?」

「その代わり、時々は遊びに来い。そのせいで敬遠されて和樹に会えないことの方がよほど寂しいというものだ」

 それでようやく、認められたのだと実感が湧いたらしい。ぱあっと和樹の表情が明るく晴れ、勢い良く父に抱きついた。

「ありがとう、お父さん!」

 今度こそ、感動の瞬間というもので。店内にいる人々から祝福と拍手喝采を浴び、和樹はとても嬉しそうに笑顔を見せて、反対に父は実に照れくさそうだった。

 こうして、和樹の誕生日パーティは人々の暖かな祝福に見守られて盛況のうちに幕を下ろすのである。





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