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 お立ち台から降りた途端に友達や仕事の同僚たちにもみくちゃにされる二人を離れた場所から見守って、この店のオーナーでもある住吉はゆったりした足取りで和樹の両親の傍へ向かった。

「事前にお知らせもせず、申し訳ありませんでした。今日は遠いところをわざわざお越しいただいてありがとうございます」

「……あなたは?」

「ご招待状をお送りいたしました、住吉です。はじめまして」

 多くの飲食店や風俗店を経営している実業家としての顔で挨拶を述べる。歳の割りに落ち着いた物腰でつられたのか、ご丁寧にどうも、と父親も挨拶を返した。

「あのドレスは和樹の悪ふざけですか」

「いえ、和樹君には今朝着替えてもらうまで秘密にしていました。服のサイズについては、高校生の頃に私が経営する店でアルバイトをしてもらっていた時から変わっていないのでそれで合わせて作らせておいたんです。ぶっつけ本番ですが、似合って良かった」

「作らせた、ということは、オーダーメイドですか!?」

 ウエディングドレスのオーダーメイドなど一体いくらかかるのか。驚いて問い返せば、住吉は何でもないことのように肩をすくめて頷いた。

「これでも和樹君が私の店のためにしてくれたことに対する恩返しには足りないくらいですよ。
 この店も、向かいのイングリッシュカフェも彼の作品ですが、どちらも予測を上回る人気で連日嬉しい悲鳴を上げているくらいです。他にも既存店にいろいろと手を借りていますから、合わせたら彼の力による利益は一体いくらになるのか。
 そのうちの一部を還元したに過ぎません」

 本当ならもっと大々的に飾り立てたかったのだ。
 けれど、和樹は随分と控えめな性格で華美に過ぎる装飾は拒まれる可能性が高かった。そのため、ふいをついてこの程度の悪ふざけにおさえたわけだ。
 智紀すら巻き込まなかったから、おそらくは悪乗りしてくれた和樹よりも智紀の方が驚いたし恐縮していたし困ってもいるのだろうが。

 大人が真剣に悪ふざけをするとこんなにも大規模になるということを改めて思い知らされて、和樹の両親はそろって眉間にしわを寄せた。

「和樹にあんなことを言わせたのも、あなたですか」

「いいえ。あれは和樹君自身の言葉ですよ。冒頭に少し挨拶をして欲しいとは言いましたが、まさかあんなにはっきりと結婚宣言するとは思ってませんでした。
 まぁ、本気で籍を入れたいというのなら証人は是非引き受けさせていただきたいと思いますが」

「籍を入れる? 男同士でどうやって」

「元々が親類ですから必要もないでしょうけれどね、男同士でも同じ籍を持つことは可能ですよ。養子縁組すれば良いんです。二人とも同姓ですし、和樹君は就職時に世帯分離手続きを終えてますから面倒も少ないでしょう」

 二十歳までという時間制限は確かに両親から言い出したことで、和樹は今日その言葉を逆手に取った。最終的には家族と縁を切ってでも法的に正当な立場を得ることはできるのだという宣言に他ならない。

 けれど、一方でそうはならないのだろうと住吉も思っている。だからこそ、本気で籍を入れたいなら、という注釈をわざわざつけた。山梨家のあの兄弟なら、両親と仲違いする道を選ぶことはまずない。智紀の家族問題で散々苦労してきた過去と二人の穏やかな性格が、住吉にそう断言させるのだ。

 傍で見ている者としてはじつに歯がゆいというのもまた事実だが。

「ご両親はあの二人の関係にまだ反対ですか?」

「……反対も何も……」

「同性同士というならそれは仕方がないことです。生まれた性別には責任を持てない。けれど、それ以外に問題は何もないはずですよ。
 二人とも社会人として立派に生計を立てているし、住む所も問題はない。周囲の人間にもあのように暖かく祝福されている。
 同じ性癖を持つ人間が祝福してくれるのは予想の範疇としても、まさか智紀の職場の同僚にまであんな風に認められていたとは私も驚きました。おそらくは彼ら自身の人望がそうさせるのでしょう」

 住吉が両親の目を促して見つめる先には、二人よりそって年齢のさまざまな知人たちに次々に祝福の言葉をかけられて面映い表情を見せている今日の主役たちがいる。純白のウエディングドレスは確かに目立つけれど、屈託なく幸せそうに笑う和樹の表情にこそ目を奪われる。

「智紀は本当に良い奴ですよ。あいつになら、任せて安心していられると思えます。私のパートナーを救ってくれた人ですからそれなりに恩義を感じてはいますが、それ以上に彼の人間性に惹かれます。
 和樹君を奪っていった憎い男というフィルターは、そろそろ取っ払って良いんじゃないですか? 彼なら和樹君を幸せにしてくれますよ。
 自分の幸せ以上に気にかけて、でも甘やかすだけじゃなく時には厳しく叱ってくれもする、良い恋人です。和樹君もそれをわかっているからこそ、頼りきるだけではなく自分の足で立ち上がることを覚えてくれた。
 この店は確かに和樹君がデザインしてくれた彼の作品です。けれど、ここに至るまでに智紀が影で支えてきたことを私は知っていますし、だからこそこれだけの素晴らしい店が誕生できたのだと思う。彼らという友人を持てたことを、私は誇りに思います」

 自分の思いを熱く語って聞かせて、住吉はもう一度両親に視線を向け。

「もう良いじゃないですか。二人を許してやってください。拒絶する時間が長いほど、貴重な思い出の時間も短くなります。今はわだかまりを消せなくとも、ゆっくり時間をかけて消化していけばいいんです。まずは扉を開いてやってください。お願いします」

 そこまで語られて、両親は顔を見合わせた。
 どうやらこの人物は、智紀と和樹を大切に思っている友人の一人であるだけでなく、二人が両親に関係を反対されていることも、この誕生日が区切りであることも、すべて知っているらしい。
 これほどの店を経営する実業家にここまで言わせる二人が自分たちの息子である事実を改めて認識した。





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