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 翌々日は天気も快晴で、ただでさえ人通りの多い通りの歩道はさらに買い物客でごった返していた。

 まるで折り紙で縁取りを作ったようなイメージのプラスチック製の看板には、そよ風をイメージする書体で『紙季茶房』とだけ書かれていて、外観はオープンテラスの喫茶店なのだが、テラスのデッキが透明強化プラスチックの床でその下の無地の色和紙を敷き詰めたやわらかい色合いが透けて見えていたり、テーブルに立てられたメニューボードが千代紙をベースにしたデザインだったり、店内に置かれた小物も紙細工で占められていて統一感が見た目の安心感につながる造りだ。

 そんな中で供されるメニューは抹茶や煎茶を中心としたお茶と葛餅や餡蜜などの庶民的な和菓子。若者からお年寄りまで気軽に立ち寄れる店として幅広い人気を集めている。

 この日は、店先の普段はお勧めメニューなどを手書きされる黒板の二つ折り看板に、本日貸切の文字が躍っていた。

 店内に集まった人の属性も多岐にわたっている。
 華やかなイメージの女性たちは智紀のバイト先のホステスたちで、和樹と同年代の青年はおそらく高校の友人だろう。少し年齢の高いステータスもそれなりな物腰の一段は智紀の仕事の同僚で、一方、もう少し若いが明らかに社会人なおしゃれな人々は和樹が働いているデザイン事務所の面々。腰に黒いエプロンを巻いて忙しく立ち働いているのは主催者側に連なるメンバーで、彼らもまた招待客の一員ではある。それと、この店のオーナー夫妻に、本日の主役である和樹の家族たち。藤堂医師は智紀の仕事の同僚である大学病院の医師と顔見知りであったらしくそちらで談笑中だ。

 その場に、和樹と智紀の姿がなかった。

 やがて案内状に記された開始時刻になり、マイクの調整をしていた三十前後の大柄の男が唐突に声を発した。

「お集まりの皆様、お待たせいたしました。本日はお忙しい中かくもたくさんの方々にご列席いただき、まことにありがとうございます。これより、この『紙季茶房』のインテリアデザイナーでもある山梨和樹君の誕生日を祝う会改め、山梨兄弟の結婚披露宴を開催いたします」

 いきなりの問題発言に店内の一角で抗議の声が上がったものの、他多数のやんやの拍手喝采にかき消されてしまい。
 しっとりと穏やかな雰囲気のスーツ姿の美青年――といってももう三十近い――に手を引かれて、純白のウエディングドレスを着せられた和樹が店内に現れると、若い者を中心に拍手に指笛の大歓声が沸き起こった。

 そもそも、和樹は元々女装の似合う女顔なのだ。おかげさまで思春期の頃には貞操の危機に晒されてとんでもない病を抱える羽目に陥ったくらいに。
 そのため、ウエディングドレス姿に違和感を覚える人間など、ほんの一握りだった。あきらかにおふざけなのはわかりきっているからなおのこと、年齢を重ねた精神科の医師を中心とする病院関係者すら悪乗りしている始末である。

 一方、新郎役を仰せつかった智紀はといえば、慶祝用の白いネクタイとチーフをつけた黒いフォーマルを身にまとっていてぱっと見では新郎らしくない姿だった。あくまで主役は和樹であって、智紀はただ華を添えているだけという自覚がそうさせたのだろう。

 朝この場に呼び出されてドレスを見せられるまで知らなかった和樹は、その割りに随分と状況を楽しんでいるようだった。春賀から手を放されて一人でお立ち台に進んだ和樹は、集まった人々をゆっくりと見回して、ほんわかと笑った。

 ブーケをマイクの代わりに握り、深呼吸を一つ。

「今日は、僕の二十歳の誕生日をこんなにたくさんの方に祝っていただけて、とても嬉しく思います。ありがとうございます。
 二十年のまだ短い人生の割りにいろんな経験をさせてもらいました。
 僕の命を助けてくださった藤堂先生には感謝の言葉が尽きません。それに、付きっ切りで看病してくださった両親に、一緒に病を乗り越えてくれた親友に、そして何より、僕のためにたくさんの苦労を一身に背負って全身で守ってくれた大切な従兄弟に、すごく感謝しています。
 僕は今日で二十歳になります。お酒も飲めます。タバコも吸えます。吸わないですけど。参政権も手に入れました。大人としての責任と、自由を手に入れました。クレジットカードの申し込みにも、婚姻届のサインにも、保護者の承認が要らないんです。この日をどんなに待ち焦がれたか。
 お父さん、お母さん。今まで育ててくれて、ありがとうございます。本当に、感謝してるんです。
 でも、これだけは絶対に譲れません。僕、この人のお嫁さんになります!」

 ふわりと軽いが意外に分厚いドレスを揺らして、何歩か離れたところで見守っていたびっくり顔の智紀に駆け寄って抱きつく。
 まるで水を打ったように静まり返って和樹の言葉を聴いていた観客たちが、途端に歓声を上げた。祝福の言葉が雨あられと二人に注がれていく。

 そもそも、この場に集まった全ての人が二人の関係を直接的にしろ間接的にしろ知っていて、しかも和樹の両親以外の全ての人がその関係を祝福しているのだ。
 リベラルな思考の持ち主が多いという事実はあるものの、男性同士という禁忌を凌駕するだけの二人の絆を認めて理解して見守っている人々で、だからこそ和樹を気に入っていてこうして集まってくる。
 和樹がこれまでの人生で苦労してきた事実を知っていて、二人で乗り越えてきたことも知っていて、だからこそいまさらでも救いの手を差し伸べたいと思ってくれる人たちだ。そういう人たちを集めたからこそ、ウエディングドレスを着せるという悪ふざけができたのではあるが。





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