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 翌日訪問した家は八王子市中心部から少し離れた閑静な住宅街の一角にある低層マンションの一室である。
 年寄りの一人暮らしにはこのくらいで丁度良い、と居住者本人は言うのだが、病院を退職した時の一時金と長年溜め込んできた貯金で一括でぽんと買ってしまったその家はファミリータイプの3LDKでそれなりに広い物件だ。

 六十五歳で定年退職して、今でも週二回の非常勤医として働いている彼は、今年で六十九歳になる。
 そろそろ定年ですか、などと元気になって退院していく患者に声をかけられているというから、十歳はサバ読める外見だということだろう。

 その日は勤務日ではなかったようで、訪ねていった二人を随分と豪華なディナーで迎えてくれた。

 この日、招待されていた客は他に二人いて、智紀と和樹が訪ねていった時にはすでにリビングで三人で寛いでいるところだった。
 女性二人に男性が一人という構成の割りに会話は大盛り上がりで姦しいと言う言葉がしっくりくる。

 それは、同じく八王子に住んでいる叔母と実家で和樹の両親と同居している祖母だった。
 祖母が持参した家族写真を貼ったアルバムを囲んで思い出話に花を咲かせていたらしい。
 そこに祖父の不倫相手と言えるこの家の主が加わっているのは不思議だったが。

 今日の客はこれで全員らしく、食事の支度を始めた藤堂医師を叔母が手伝って、和やかに夕食の時間が始まる。

「それで、智紀。和樹の誕生日までにうちに来られないだろう? どうするんだい?」

 和樹の誕生日は、二日後だ。丁度日曜日に当たっていたため、当日に盛大なパーティなどという無茶な企画が成り立ったわけだが。

 祖母の少し心配そうな問いかけに、智紀は困ったように肩をすくめた。

「つい最近まで、和樹がもうすぐ成人だって忘れてたんですよね。高卒は十八歳と思い込みがあったんだと思います」

「なんだ、兄ちゃんも忘れてたんだ」

 僕も昨日思い出したんだよね、などと和樹はへらっと笑って衝撃の事実を口にする。
 新社会人としてきっと楽しい忙しい日々を送っているのだろうと想像はつくので、大人三人はそれぞれに仕方なさそうに苦笑するしかなかった。

 それで結局どうするのか、と確かめる相手は智紀の方だ。
 この件に関しては、和樹の意思はあまり両親の意向に影響しない。和樹がどう思おうと、智紀を認められなければ両親からの許可は得られないことは、四年前に把握済みだ。

 智紀は少し困ったように首を傾げて見せたが。

「パーティには出席していただけるとお返事をいただいています。俺とのことで云々と言うより和樹が俺をきっかけに自分で築いた人脈を実際に目で見た方が、説得力があると思うんですよ」

 確かに事は智紀と和樹の恋仲のことだ。けれど、そもそも智紀の人間性を認めていない両親に対して口先でなんらかの説得を試みたところで成果はたかが知れている。
 それよりも、二人が幸せに寄り添っていることとその二人を暖かく見守ってくれる多くの友人知人たちをその目にした方がよほど実感が湧くというものだろう。

「そうそう。場所が決まりましたよ。ご案内どおり、明治通りの紙季茶房です」

「え? あの人気店を貸切にしちゃったの? オーナー太っ腹」

「昨日ようやく調整が付いたらしいぞ。オーナーはどうしてもあそこでやりたかったらしいからな。和樹のことに関しちゃ、あの二人の思い入れは俺も呆れるレベルだから」

 随分と奔走してくれたらしい。こんな直前にようやく決定ということは、それだけ悶着があったということだ。それでも諦めなかったオーナーの執念には脱帽しかない。

 それにしても、明治通りの紙季茶房といえばいまやファッション紙でも話題沸騰の人気店だ。
 日ごろワイドショーなどで時間をつぶしている祖母には知った店であったようで、不思議そうに首をかしげた。

「それで、どうして喫茶店にこだわるんだい? それに、案内を下さった方も存じ上げないお名前だったけれど、あんたたちの知り合いなんだろう?」

「えぇ。フリーター時代からお世話になってる実業家のご夫婦ですよ。和樹のことも可愛がってくれてて、病気のことも知ってるからなおさら成人の祝いくらいは派手にやりたいってずっと考えていてくれたんですよ。
 店は、楽しみにしててください。店舗まるごと、和樹の作品なんですよ」

「丸ごとって、それは言いすぎでしょ」

「いやいや、オーナーの自慢のネタだからな。少なくともあの人は、そのつもりだよ」

 そんなおおげさな、と恥ずかしそうにパタパタと手を振る和樹とそれを悪戯な笑みで見守る智紀を交互に見やって、三人の大人たちは不思議そうに首をかしげていた。





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