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 さて、お邪魔虫を追い払ったところで、智紀は和樹の顔を覗き込んだ。

「どうだった?」

 それは、声が出るようになったか、という意味なのだろう。もしくは、学校生活に支障はなかったかと心配したのかもしれない。どちらにしても、和樹の返答は同じだ。首を横に振る。

「そうか……。どうしちゃったんだろうな。ま、焦ることはないさ。気長に行こう」

 こくっと和樹が頷いて、智紀はその頭を優しくなでた。

 智紀としても、和樹が声を失ってしまった原因に、心当たりがまるでないのだ。
 それ自体は、昨夜からのことなのだが、智紀が何かをしたわけでもないし、何かがあったのかと聞いても和樹は首を振るだけだ。

 そこへ、ひょこっと隆久が顔を出す。

「気長に行くのもいいけどさ。原因は智紀さんなんだよ。心当たりないの?」

 その横から、トーテムポールのように、はるかも顔を出す。

「なぁに? 和樹君、どうかしちゃったの?」

 カクテルグラスは、はるかの手に渡っていた。店の掃除をしている明菜も、聞き耳を立てる。

「俺が原因?」

 自覚はまったくないらしい。不思議そうに問い返し、智紀は弟を見つめる。和樹は、智紀にもらったカクテルに口をつけて、俯いている。

 自分が原因と言われて、改めてその原因を思い返しているらしい。んー、と唸って、智紀は宙を見る。そして、それから、ふとはるかを振り返った。

「はるかさん、昨日、和樹呼んでなかったか?」

「あぁ、そうそう。いつも家で一人でお夕飯も寂しいだろうと思って、誘ってみたのよ。昨日はうちの人も来てたから。和樹君、来なかったんだよね?」

 ぽん、と手を叩いて、はるかがそんな説明をする。
 それで、何故だか、智紀には謎が解けたらしい。それかぁ、と納得の表情だ。

「和樹、お前、早とちりしてるぞ。俺が、浮気なんかするはず、ないだろ?」

「浮気ぃ?」

 とんでもない言葉が、何が原因でその結論に至ったのか、智紀の口から飛び出してくる。驚いて、隆久は思わず非難の声を上げてしまった。はるかも驚いて智紀を見つめる。
 何故和樹を夕飯に誘ったことが智紀の浮気に繋がるのか、さっぱり見えてこない。

「あのね、はるかさん。和樹がわけもなくはるかさんの誘いをすっぽかすわけがないんだよ。
 和樹、昨日、店の前まで来たんだろ? で、俺が女の子抱きしめてるの見て、勘違いして逃げ出しちゃったわけだよ。
 それで、ショックで声が出なくなっちゃって、はるかさんに断りの電話も入れられなかった、と。それが、カラクリ」

「……智紀さん。それ、本当に勘違い?」

「勘違いだって。あの子の彼氏、すぐそばにいたし。あれはね、欧米でのハグと一緒。またね、の挨拶だよ」

 なんだか、煙に巻かれそうな、見事な言い訳だった。おかげで、怪しそうに全員に注目されてしまう。本当のことしか言っていない智紀が、困ったように肩をすくめる。

「本当だってば。なんだったら、呼ぶ? その子。カクテルの一杯も奢ってやれば、ほいほいついてくると思うけど」

 本当に、まるで友達をからかって見せるような口調で、智紀はそう言う。そこまで聞いて、今度は明菜が、そういえば、と声を上げる。

「そういえば、来てたわねぇ。ヤマちゃんの友達。集団で」

 早い時間に帰っていったから忘れてたわ、と笑って、どうやら納得できたらしい。明菜は作業に戻っていく。

 明菜の証言で、はるかも納得したのだろう。ふぅん、と相槌を打って、カクテルを片手に厨房へ戻っていった。ついでに、隆久の耳を引っ張って連れ出していく。引っ張られて、隆久はイタイイタイと抗議しつつ、素直に従った。

 残された和樹は、ようやく顔を上げ、兄を見上げた。

「……ホント?」

「本当だよ。やっぱり、それだったか。困ったヤツだな」

 理解したら、声も出るようになったらしい。どこか自信なさそうに、和樹はようやく言葉を発した。
 ポン、とカウンター越しに弟の頭に手を置いて、智紀はぐりぐりと頭を撫でる。そして、まだ制服に着替えていないポケットから携帯電話を取り出し、どこかへ電話をかけ始めた。

 電話越しに聞こえてくるのは、元気の良い女性の声だ。

『もしもーし』

「おう、おたま。今、良いか?」

『だめぇ。ダーリンとデート中〜。なーんちゃって。なぁに? 大事な用事?』

 本当に、彼氏のいる女性だったらしい。甘え上手そうな甘ったるい口調で、キャラキャラと笑う声が、電話越しに聞こえてくる。音量のせいなのか、彼女の声量なのか、かなり大きな声だ。

「お前、声でかい。今、どこだよ」

『アキバのプラットホームだよ〜。あ〜、電車が来る〜。何?』

 確かに、どうやら山手線のホームにいるらしく、電車到着のアナウンスが小さく聞こえた。ならば、と智紀は言葉を早める。

「今夜、ヒマか?」

『彼氏つきで良ければ、どこにでも出張しますよ〜ん』

「じゃ、俺のバイト先に。理由は来たら話すよ」

『らじゃー。あ、電車来た。じゃあねぇ』

 あくまでのんびりした口調で通し、彼女はプツリと電話を切った。騒がしかったBGMも同時に切れて、智紀はそれをしまう。

「聞こえてた?」

「うん。今の、昨日の人?」

 そうだよ、と頷くと、和樹は少しほっとした表情を見せた。

「かわいい人だったよね。声も、すごくカワイイ」

「バカ。ありゃ、ただのぶりっ子だ。あんな声してて、いざって時は男なんかより侠気に溢れてて頼れる姐御肌なんだよ。だから、男受けする。その上、少しふっくらしてるから、抱き心地が良いんだ。なんで、本人のいわく、共有の抱き人形」

 本人もさっぱり嫌がらないしな、と締めくくって、智紀は和樹の顔を覗き込んだ。

「だいたいな。俺には、焦がれて焦がれてやっと手に入れた最愛の恋人がそばにいるんだぞ。何が悲しくて、他のヤツのモンに手を出さなきゃいけないんだ。俺の手は、和樹だけで十分」

「……うん」

「本当に、わかってるか? だからな、お前も、何か俺に疑わしいところがあったら、抱え込まないでちゃんと確認してくれ。お前には、その権利があるんだよ。俺の恋人なんだから」

 そうでないと、俺が心臓がもたないよ、と続けて、智紀は笑って見せる。和樹も、笑わされて素直に微笑んだ。





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