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 4時限目は体育だったので、これまた声を出す必要はなく、昼休みに入る。

 なんだか、数学のあの一件で余計に気が引き締まってしまい、隆久にとってはなんだか長い一日だった。しかも、まだ物理と日本史の授業が残っている。

 これが、一日だけのことなら別にかまわないのだが、このまま夏休みまでとなると、さすがに困ったことだ。

「なぁ、カズ。何があったんだよ」

 二人並んで机を寄せ合い、それぞれに弁当を広げる。隆久は祖母の手作り、和樹は智紀の手作りだ。

 和樹の弁当の中身は、いつにも増して美味しそうなおかずが並んでいた。普段は冷凍食品に良くて一手間加えただけのおかずだが、今回はカニかまぼこ入りの卵焼きやら、野菜炒めやらが入って、見るからに手間がかかっている。

 きっと、智紀も声をなくしてしまった弟を気にかけているのだろう。愛情の見える弁当箱だ。

 和樹は、大学院生の兄と二人暮らしをしている。一度は学部を卒業して社会人として働いていた兄の智紀は、臨床心理士の資格を取るために、大学院に戻っていた。出会いのきっかけになった病院のボランティアも、今では週に1日だけだと聞いている。

 その兄が、もしかして原因なのだろうか。

 和樹の愛情のこもった弁当箱を見て、ふと、隆久はそこに思い当たった。

「智紀さんが、原因?」

 少しびっくりした表情で見返したのは、図星だったからかもしれない。だが、それから和樹は首を振った。そして、儚げに笑った。今朝、メモ紙に使ったルーズリーフを取り出し、さらさらと書き込む。

『そろそろ兄離れしなくちゃな、って』

「何言ってんだよ。智紀さんがお前を離すわけないじゃん」

『でも、僕がいると、兄に恋人ができない』

「恋人は、お前だろ?」

 何をバカなことを言い出しているんだ、と隆久は呆れたようにため息をついて見せた。和樹は和樹で、困ったように笑うだけだ。

 和樹と智紀の仲が、兄弟である、というだけのものでないことは、本人の口からはっきりと聞いている隆久である。
 和樹は恥ずかしがって、なのか、兄の本気を本気にしていないのか、曖昧に濁すのだが、隆久は智紀からそれを聞いていて、悪い虫がつかないように学校で見張っていてくれ、と頼まれてすらいる。
 それだけの信頼関係は築けている自覚がある。

 だから、和樹が何故こんなことを言い出したのか、薄々感づいてしまうのだ。

「つまり、智紀さんに女の影を見たわけだ? それ、智紀さんに確かめた?」

 ふるふるふる。とんでもない、というように、和樹は思い切りよく首を振った。何故だ、と聞けば、なんとも健気な返答が返ってくる。

『だって、兄の重荷になるのは嫌だから』

 そんなわけがないだろう、と隆久は思う。
 何しろ、和樹を恋人だと紹介したときの智紀の嬉しそうな表情は、今でも目に焼きついている。そんな表情が自然にこぼれてくるほど、智紀の和樹に対する想いは深い。きっと、和樹が自覚していないだけなのだ。

「じゃ、良いや。智紀さんに直接聞くから」

『来るの?』

「いや。はるかさんのトコに直接行く」

 はるかさん、とは、智紀がバイトをしているゲイバーのママのことだ。和樹と同様に隆久も可愛がってくれていて、長期休暇だけ、という約束でバイトもさせてもらう付き合いがある。
 もちろん、客をとるわけではなく、ウエイターとしてだ。社会勉強の一環と考えてくれているらしい。

 はるかさんのところ、と言われて、そんなある意味危険な場所に行くほどに心配してくれている隆久に、和樹は申し訳なさそうな表情をした。

「で、午後はどうするんだ? 俺、理科は生物選択だぞ?」

 隆久の中では決定してしまったらしく、話が変わる。それに、和樹はにこりと笑った。

『今日は実験だから大丈夫』

「なら良いけどな」

 ずっとそばにいてやれるわけではない隆久だ。なんとなく、やはり心配になってしまうのだった。





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